直言
Chokugen
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直言 ~
橋爪 慶人(はしづめけいと)
東大阪徳洲会病院 院長
2022年(令和4年)06月06日 月曜日 徳洲新聞 NO.1341
旧来、日本ではDV(domestic violence)を「家庭内の問題」として、警察は関与を控える傾向にありました。2001年、DV防止法が施行され、児童虐待防止法に面前DV(子どもが見ている前で配偶者などに暴力を振るう)も心理的虐待と明示され、警察庁は04年、虐待が疑われる場合、積極的に通告するよう全国の警察に通達しました。児童相談所の児童虐待相談対応件数は1990年度の1101件から2020年度には20万5044件と30年で約186倍にもなりましたが、後半15年間は身体的虐待の割合が43%→24%と減少したのに対し、心理的虐待は17%→59%と増えたのは、それが大きく関与しています。
私は04年から大阪府児童虐待危機介入援助チーム委員に委嘱され、これまで啓発活動の意味も含め医療機関、学校関係、子ども家庭センターなどで110回以上の講演を行ってきました。「直言」執筆にあたり講演内容を見返していると、児童虐待を取り巻く変化につれ、その内容が大きく変遷していました。最初の頃は虐待を疑い、通告してもらうことに主眼を置いていましたが、その後、DVなどで精神的影響を受けた子どもへの対応、叩くことに教育効果はないこと、さらに2年前からは子どもを叩くのが駄目ならば、どう躾るかに変わっていました。
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが21年に行った全国2万人への調査では、いまだ日本では約4割の人が躾のための体罰を容認しています。確かに体罰により、子どもは言うことを聞きますが、それは痛さから逃れたいからです。ここで問題になるのが叩かれることで、同時に叩くことを学んでいることです。問題解決の手法のひとつに「相手を叩く」ことを教えていることになります。体罰には教育効果は全くなく、悪影響しかないことがわかっています。厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」によると、3歳半の時に保護者から体罰を受けていた子どもは、全く受けていなかった子どもと比べ、5歳半の時に「落ち着いて話を聞けない」が約1.6倍、「約束を守れない」が約1.5倍になるなど問題行動のリスクが高くなっています。
こんな投書をいただきました。公園の滑り台で遊んでいる子どもに、お母さんが「あと5分で帰るよ」と言い、子どもは「は~い」と答え、5分して帰ろうとしたら「もっと遊びたい」と駄々をこねる。そんな我が子に「あと7回で帰ろうね」が有効だったという話です。子どもに5分ということが、どこまで理解できたのか、それが回数だと、通じたというものです。さらに面白いことに、その子には5回では駄目で、7回が有効だったそうです。
「子どもが言うことを聞いてくれない」。多くの親が抱く悩みです。親の言うことが子どもに伝わらないのは、親のイメージが伝わっていないからです。「きちんと洗いなさい」で、子どもが親のイメージした行動を取れるでしょうか。具体的に子どもがわかるように指示をすることで、伝わるようになります。これ以外にも多くの工夫があります。叩くのではなく、工夫し続けることが大切です。
児童虐待を減らす活動のなかで、DVや家庭内の体罰に起因する要因もわかってきました。これは親から子への躾だけでなく、学校教育、ひいては指導医講習会での内容にも通じ、病院での院内教育、上司の部下への指導、医師の指示などにも同様の問題が隠れていることが見えてきました。カテーテルアブレーション術(心筋焼灼術)での誤穿刺、その後の血腫拡大による気道狭窄から窒息死に至った医療事故では、誤穿刺した医師ではなく、当直医師が「何かあったら連絡して」などと、具体的な指示を出さなかったことに過失があると、裁判で医療機関の責任が認められました。これも指示する側と、指示される側に共通のイメージが構築できなかった例です。
子育てには多くの親が試行錯誤しながら得てきた多様な工夫があります。これは病院でのさまざまな教育に通じるものがあります。紙幅の関係で、ほんのさわりしか書けませんでしたが、機会がありましたら、ぜひ、多くの方々に私の講演を聞いていただき、教育に関して、ご意見をいただきたいと切に願っています。皆で頑張りましょう。