直言
Chokugen
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直言 ~
馬場 淳臣(ばばあつおみ)
日野病院(神奈川県) 院長
2022年(令和4年)05月09日 月曜日 徳洲新聞 NO.1337
当院は徳洲会唯一の精神科単科病院です。現在、敷地内に地上5階・地下1階、257床の新病院を建設中で、今年中に第1期工事が完成予定です。新築に合わせ病院名をただの「日野病院」から「橫浜日野病院」に変更しようと考えています。これで「日野病院って、東京の日野市でしたっけ?」と聞かれることはなくなるでしょう。
患者様、職員一同、新病院竣工を一日千秋の思いで待ちながら、今日もおんぼろな病棟で頑張っています。先日、1階病棟の天井から、お湯がしたたり落ちてきました。4階の天井からの雨漏りはいつものことなのですが、1階とは珍しい。しかも、お湯とは……。調べると、地震で、お湯の配管のどこかに亀裂が入り漏れてきたのです。老朽化した配管の交換も叶わず、漏れ出るお湯は新たに設置した管を通して洗面所の床の排水溝に流すことにしました。流れ出るお湯からは、いつも湯気が出ていて、源泉かけ流しのようでもあり、風情があります。あと暫くの間、このおんぼろ病棟がもってくれることを祈るばかりですが、床さえ抜けなければ何とかなると思います。
毎年、今ぐらいの時期になると、いわゆる「五月病」の相談を受けることが多くなります。4月に胸いっぱいの希望や期待を抱いて新しい世界に身を投じた新入生や新社会人が、5月から6月を過ぎた頃に感じる心身の不調、それが五月病です。「疲れ易い」、「元気が出ない」、「気力が湧かない」、「眠り難い」、「目が覚めない」、「頭の働きが鈍くて簡単なことをミスしてしまう」、「職場や学校に行こうとすると苦しくなる」――など。これらの症状は新しい環境への適応がうまくいかなくて起こることが多く、精神科では「適応障害」とか「反応性の抑うつ状態」などと呼んでいます。今年度、徳洲会には約3300人の新入職員が入職しましたが、心当たりのある新人さんはいますか?
たとえば初期研修医。徳洲会の初期研修医を対象とした調査(佐土原ら)では、研修開始後2カ月頃、全体の7.2%の初期研修医が「死んでしまいたいと思ったことがある」と回答しました。「なんとオーバーな」と思うかもしれませんが、「死にたい」には「今すぐ、あのビルのてっぺんから飛び降りよう」という切迫した衝動から、何となく「消えてなくなりたい」、「もし明日が来なかったら楽なのになぁ」という漠然とした願望までグラデーションがあります。実際の行動につながらなければ、死にたい気持ち自体は決して珍しいものでも、直ちに危険なものでもありません。
この時期、どうしてこんなことが起こるのでしょう。理想と現実とのギャップ、対人関係の悩み、過労、多様な原因が考えられますが、五月病には「自我同一性の拡散」という特有の背景があると言われています。
たとえば初期研修医。彼らの多くは数カ月前までは医学生という将来を嘱望された立場でした。しかし、医療とはきわめて実践的な技術の体系であり、技術がなければ免許をもっていても何の役にも立ちません。ちょっと前まで医学生として存在しているだけで価値のあった「自分」が、役立たずの「自分」に激変してしまった――こうなると「自分ってなに?」という自分自身のあり方に対する根本的な疑問が生じ、何もかもうまくいかなくなります。こういう状態が自我同一性の拡散です。研修医ほど劇的ではないにしろ、この時期は新入職員の少なからずが、自我同一性の拡散を体験する時期です。
五月病になってしまったら、どうすればいいでしょうか。新しい環境で新たな自分の役割と居場所を得る、つまり拡散した自我同一性の再統一を図ることが大きな目標となります。これは、こつこつ進めるしかありません。少し時間がかかります。それまでの間で大事なことは、自分の状態を自覚し言葉にすることです。信頼できる人に、つらい状態を素直に話しましょう。それだけで、かなり楽になります。そのうえで、もし必要なら、ちょっと休んでペースを取り戻しましょう。「休むと皆に迷惑をかける」と言わず、今回はそうしましょう。「誰かの迷惑」をあなたが背負う時も来ます。それが徳洲会の「“皆で”頑張りましょう」の本当の意味です。
皆で頑張りましょう。