徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

古河総合病院(茨城県) 院長
福江 眞隆(ふくえまさたか)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

福江 眞隆(ふくえまさたか)

古河総合病院(茨城県) 院長

2022年(令和4年)04月11日 月曜日 徳洲新聞 NO.1333

在宅での安心感は闘病に余裕をもたらす
入院中めったに見られない笑顔も見える
死の直前までどうやって生きるかが一番大切

鹿児島県の離島にある与論徳洲会病院では、入院中に終末期を迎えた患者さんを、ご家族が自宅に連れ帰り、家で看取るという習慣があります。終末期に家に帰すのは、いかがなものかという意見もあるでしょう。家族が少ない家庭では、ケアするマンパワーの問題もあり、連れ帰りたくてもできないこともあるでしょう。しかし、私は個人的には、この習慣に大賛成です。医療は、すべての人間の営みである生病老死に深くかかわらなければなりません。死の悲しみを家族で分かち合い、生前の故人に思いをはせて、その死を乗り越えていく力に変えることは、大切なことです。

人口統計を見ると、2020年に約137.3万人が亡くなりました。そのうち約38万人(約28%)が悪性新生物で死亡しています。がんという病気は、いまだに死に至る病と認識されていますが、ほとんどが慢性の経過をたどり、がんと診断された方の半数は、5年以上生存しています。病状が進行し病を治す治療ができなくなった時、緩和治療に移行します(本来、早期から心のケアを含む緩和治療を始める必要があります)が、在宅は、ある意味で最も有意義な緩和治療の場となります。

今まで元気に生きてきた人生 そのものに意義があると悟る

「治療ができなくなったら、自宅の畳の上で亡くなりたい」。昭和の時代は半数以上の方が自宅で看取られていました。当時の年間死者数は67~78万人でした。現在は約140万人の90%以上が病院で亡くなっています。看取るために年間100万床以上が必要となる計算です。がんが進行すると、抗がん剤ではコントロールできず、PD(進行)となっていきます。がん性疼痛を主体として食欲は低下し、衰弱、悪液質に陥り、さまざまな問題が生じます。麻薬系鎮痛剤をうまく利用して疼痛をコントロールし、栄養投与のルートを確保して病勢をコントロールすることが、終末期医療に携わる医師の技量の見せ所です。

そこに、もうひとつ重要な要素があります。それは、患者さん自身の心がコントロールできているかどうかです。穏やかな精神状態は、痛みや苦しみを取り除いて初めて実現するものですが、在宅にいることの安心感は、いかなる精神安定剤よりも強力に働くことがあります。穏やかな心は患者さんの安寧につながり、闘病の余裕につながります。ひいては余命を伸ばす効果があるように感じます。さらに病院での終末期患者さんのベッドを減らし、医療費削減にも貢献することでしょう。

当院では常勤医師が訪問診療を行っています。外科は、とくに終末期のがん患者さんが多く、緩和治療に終始するのですが、そのなかで貴重な発見があります。患者さんの表情です。往診すると、「よく来てくれました」と笑顔を見せてくれるのです。入院中の病室では、めったに見られません。そして、患者さんのお宅を見ることで、その方の人となりを知ることができます。棚にきちんとトロフィーが飾ってあったり、ゴルフバッグが置いてあったり、きれいなお庭があったり、旅の土産が飾ってあったり。その方が、一番お気に入りの人や物に囲まれている時の表情は何とも言えません。患者さんに深刻な病状の話をすることは、ほとんどありません。その方からは、今まで元気に生きてきた人生そのものに意義があることを、無知な我々は言外に教えてもらっているような気がします。そして、人生で一番大切なものは、どうやって死んでいくかではなく、死の直前まで、どうやって生きるかだと悟ることができます。

訪問看護ステーションと 在宅診療をともに続ける

死に方に良いも悪いもありませんが、よく生きた人ほど良い死に方をしている気がします。

先日、『新婚さんいらっしゃい!』というテレビ番組を見ました。20年前に亡くなったお母さんが、余命半年と宣告されつつも当時1歳だった一人娘に動画メッセージを残していました。「 人生は一度きり。悲しいこともあるけれど、泣いて生きるより、笑って生きたいから、涙は見せないんだ」と、笑顔で成長した娘に語りかけていました。

そこまで強くはなれませんが、強く生きている患者さんが、少しでも心穏やかに在宅療養ができるよう、訪問看護ステーション「はなもも」や、同「けやき」とともに、在宅診療を継続したいと思います。

皆で頑張りましょう。

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