
徳洲新聞ダイジェスト
Tokushukai medical group newspaper digest

徳洲新聞ダイジェスト
Tokushukai medical group newspaper digest
2024年(令和6年)09月10日 火曜日 徳洲新聞 NO.2024Paris 2面

――あらためて、おめでとうございます。それぞれ今回の五輪を振り返ると?
杉野▪団体総合では予選、決勝を通じノーミスで演技することができ、自分の役割や与えられた仕事をきちんとこなせたと思います。一方、種目別では悔しさを感じた大会でした。あん馬では、ミスは出なかったものの世界との差を痛感しましたし、鉄棒に関してはメダルが獲れる立ち位置にいながらミスで逃しました。
予選(7月27日、日付は日本・以下同)から決勝(8月4、5日)までの期間が長く、調子の波を合わせる難しさも感じました。それでも、自分が目標にしていた場所に立てることは幸せでした。諦めずに、自分の目標に向かって挑戦して良かったと、あらためて思える大会でした。
岡▪本当に記憶に残る大会になりましたし、自分の体操を知ってもらえ、しっかり評価してもらえた大会でした。国内での事前合宿の時に、感覚的に“しっくりくる”、“ガチッとはまる”体の動きができ、「これならいける」と手応えがありました。個人総合の優勝もずっと意識していました。ただ、今回、納得できた演技は団体総合のゆかと種目別の平行棒のみ。それ以外は、まだまだ手応えはありません。
岡 慎之助
――団体総合の決勝で、橋本大輝選手が最終種目の鉄棒を演技する前に、岡選手が涙を流していた姿が印象的でした。
岡▪自分のやるべきことがきちんとできてホッとしたのと、金メダルが見えてきた瞬間、大輝君なら絶対にいけるという思いでいたら、自然と涙があふれ出ました。
――団体総合では決勝前日のミーティングも話題となりました。ふたりは、どのような思いを吐露したのですか?
杉野▪代表メンバーには僕と岡を除く3人が前回大会の東京五輪を経験。ROC(ロシア五輪委員会)に0.103点差で涙をのんだ東京大会の悔しさは、出場した本人たちにしかわからないけど、観ていた僕自身も悔しく、金メダルを獲りたい思いは一緒だから、全力で頑張りますという思いを伝えました。皆がいてくれるから大丈夫と、信頼感も伝えました。
岡▪代表が決まった時から「勝てるチーム」と言われていたから、最後まで諦めずに頑張りましょう、といった趣旨の発言をしました。
――そして見事な大逆転劇で2大会ぶりの団体総合優勝を達成。表彰式後、テレビの解説で会場にいた米田功監督のほうに、ふたりで金メダルを掲げる場面も印象的でした。
杉野▪米田監督がアテネ五輪(2004年)で金を獲ってから、徳洲会体操クラブは金メダルから遠ざかっていましたし、この1年間、監督ともいろいろ話しながら過ごしました。ずっと「金メダル」と言ってきたことを実行できたうれしさもありましたし、ちょっと自慢したい思いもあって、「俺たち獲ったぞ!」と言わんばかりにメダルを掲げ、報告しました。
――杉野主将は東京五輪の代表入りに0.1点届かず、岡選手は22年に右膝前十字靱帯断裂の大けがを負うなど、つらいこともありました。パリ五輪までに支えになったものはありますか?
杉野▪今は研究者をしている2つ上の兄の言葉です。じつは僕にとって昨年が一番きつかった年で、「何をやっているんだ」と自分を責めることが、すごく多かった。僕の近くに住む兄と会った時、初めて弱音を吐く僕の姿を見て、SNSにメッセージを投稿してくれたのです。内容は、体操競技がうまくいくか、いかないかはさておき、それでも前に進むためには強く目標をもって練習していかなきゃいけない。それが使命だろうと。だからこそ自分の演技自体にもっと磨きをかけ、“究め研いでいくんだ”と。自分の演技に、神を宿すような作業を毎日繰り返していけば、もっとうまくなるだろうし、目標にしている演技や場所につながるのではという趣旨でした。
心に刺さり、スマートフォンの待ち受け画面にしました。“究め研ぐ”という表現に“らしさ”が出ていますよね。兄はパリまで観に来てくれ、うれしかったです。
岡▪僕は、たとえば本のなかのフレーズです。アスリートに関する本を読むなかで、「マイナス発言は自分を後退させる」というフレーズに出会い、とても心に残りました。それまでは、多くはないもののネガティブな発言をすることもありました。その言葉に出会ってからは、パリに行く思いがすごく強くなり、きつい時でもマイナスな言葉は発していなかったと思います。
――団体総合の優勝をはじめ、日本国内は大いに盛り上がりました。現地でその様子を感じることはありましたか?
杉野▪日本に関するニュースは、あまり入ってこなかったので、テレビなどではありませんが、SNSを更新した時に、大量のメッセージが届き、祝福されていると感じました。本当に追いきれないほどの数でした。
岡▪僕も実感したのはSNS。本当にすごい数のコメントでした。「おめでとう」、「すごく感動した」といった言葉を寄せていただき、頑張ってきて本当に良かったという思いと、観ている皆さんが感動するような演技ができたことを、うれしく思っています。自分たちの演技を見て、体操に興味を示すコメントもあり、とても良かったです。
――選手村での生活など現地の環境はどうでしたか?
杉野▪練習が終わったら皆でリビングに集まって話したり、ゲームしたりしてオンとオフの切り替えは、うまくできていたと思います。
岡▪オンとオフがしっかりできていたので、体のきつさもありませんでした。杉野主将が試合前に「緊張する」と、ずっと言ってきたので、「いけるぞ、いけるぞ」と励ましたりもしました。
――食事面は?
杉野▪何日かはメインダイニングに行ったんですけど、日本棟から遠かったこともあり、ほぼ利用しませんでした。日本から乾麺などを持参し、食べました。
岡▪自分もほぼ利用しませんでした。日本棟でご飯、味噌汁、納豆を提供してくれる場所があったので、そういったところを利用しました。
――他の競技の選手との交流はありましたか?
杉野 正尭 主将
杉野▪日本棟にいる選手同士が挨拶する程度で、交流まではありませんでした。
岡▪同じく挨拶程度で、会話らしい会話をした記憶はありません。
――帰国後、街で声をかけられたりしますか?
杉野▪すごく声をかけられます。よく利用するコンビニで店員さんに「観ていました。おめでとうございます」と言われたのですが、自分が買うものがわかってしまうので、うれしい半面、照れくささもあります。
岡▪パリでも顔バレして声をかけられました。
――帰国してから少しはゆっくりできましたか?
杉野▪1日何も予定がない日はほとんどありません。まずは荷解きだけしてある五輪の荷物を片付けたいです。旅行に行って美味しいものを食べたいですね。
岡▪とりあえずラーメンを食べに行きました。
――すでに2028年のロス五輪に向け活動しています。決意をお願いします。
杉野▪東京からのパリまでとは、また違う4年間になると思いますし、年齢的なこともあり、むしろこれからの4年間のほうが苦しいかもしれません。4年後、自分のなりたいもの、いたい場所といった思いや目標を、しっかりもちながら、そこから逆算して過ごしていけたら五輪の2連覇も目指せるし、今回はかなわなかった種目別でのメダルも獲得できるのではと思っています。五輪で金メダルを獲った経験など、いろいろなものを使いながら進んでいきたいです。
岡▪自分の持ち味の体操を磨くのはもちろん、技の大きさや技のさばき方などにも一層磨きをかけ、力強い演技もできるし、きれいな体操もできる両方を兼ね備えた体操をしたいです。もちろん連覇もかかっているので、そこは連覇して。勝てる選手になりたいと思っています。
――最後に徳洲会の職員の方にメッセージを
杉野▪徳洲会体操クラブの選手は皆、五輪の金メダルを目指しています。今回、僕たちが獲ったことで、チームメイト一人ひとりが悔しさを感じながら活動していけば、相乗効果でクラブ全体が強くなっていくはずです。4年後のロス五輪で代表枠が当クラブの選手で埋まることも可能性としてはあります。今後も応援よろしくお願いいたします。
岡▪いつも応援をありがとうございます。皆さんに、この結果を報告できることを、すごくうれしく思っています。次の大会が9月(ジャパンオープン、15日から東京・立川)にあるので、しっかり自分らしい演技をして、皆さんに笑顔や感動を届けたいと思っています。応援をよろしくお願いします。