徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

山本 晃司(やまもとこうじ)(屋久島徳洲会病院院長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

山本 晃司(やまもとこうじ)

屋久島徳洲会病院院長

2015年(平成27年)8月3日 月曜日 徳洲新聞 NO.991

いともたやすく孤立する状況下で
いかに島の人たちの生命を守るか
年間の島内救急搬送95%以上が当院に

屋久島は1993年に世界自然遺産に登録されました。以後、観光客は増え続け、年に約30万の人が島を訪れます。現在の屋久島の主な産業は観光関連産業といってよく、これにより雇用が創出され人口減が食い止められている状況です。病院がないと団体旅行の受け入れができないこともあり、当院は観光にも寄与しています。荒木耕治(あらきこうじ)町長が就任された時、将来の屋久島のビジョンをうかがうと、「子どもたちの遊ぶ声の聞こえる島」。そのためにも若い人の働ける職場が必要です。島の徳洲会職員は現在、205人。介護関連施設も存在し、従事する職員とその家族で、少しは人口増に貢献しています。今後は介護関連の需要がますます高くなるため、その方面での雇用を創出していく必要があります。

屋久島では当院が唯一の病院で、現在140床。年間約700件の救急搬送件数のうち95%以上が当院に搬送されます。

離島では救急を断る発想はありません。島は悪天候などで、いともたやすく孤立し、ヘリ搬送すら不可能となります。この状況下で、いかに島の人たちの生命を守るかが、島の医療戦略です。

「口永良部島避難者特別外来」開設して被災者の方々を診療

2010年6月に「屋久島町緊急時供血者登録制度」が始まり、200人以上の方が登録。緊急輸血が必要な際は、当院から昼は役場、夜は消防分遣所に必要な血液型と輸血量を連絡し、当院に近い場所に住む人たちから順に受信者が病院に駆け付けることで緊急輸血が可能となりました。

災害医療は毎年、飛行機事故に対する大規模災害訓練が屋久島空港で実施され、町、消防組合、消防団、警察、当院が合同で参加しています。5月29日、口永良部島で噴火。熱傷者など3人が、ヘリコプターで当院に搬送、入院されました。その後は、避難所に移られた方々に対し「口永良部島避難者特別外来」を開設、避難所を巡回する口永良部島の看護師や町の保健師と連携、診療しました。島の医療は病院単独で行えるものでなく、町や消防、ほかの医療、福祉、行政などと連携・協力しないと成り立ちません。鹿児島本土との病病連携も重要です。

島に病院ができるまで、透析患者さんは帰島できませんでした。当院ができてから30人の透析患者さんが島に戻って来られました。また、透析患者さんの腎移植に対し、12年10月より「屋久島町臓器機能障害者旅費助成金交付制度」が始まり、交通費や宿泊費の補助が出るようになりました。つい先日亡くなった当院透析室の森本治樹(はるき)前室長が自ら血液透析・腎移植を受け、透析患者さんたちに積極的に移植を働きかけ、現在までに16人の患者さんが腎移植を受けています(うち14人が宇和島徳洲会病院で移植)。

ネコ29匹とイヌ1匹を連れて開院直後の屋久島病院に異動

ちょっとした自慢ですが、当院には細菌検査室があり、専任の臨床検査技師が2人います。現在、1カ月約300検体(塗抹(とまつ)、培養、感受性と分ければ約900件)を検査しています。SARS(サーズ)や新型インフルエンザ流行時には、島の中核病院として「発熱外来」を開設。入院施設としては陰圧(内部の圧力が外部より低い状態)で前室付きの「結核病床」を利用することで、さまざまな感染症への対応が可能になりました。

現在、訪問看護は専従3人、訪問リハビリテーションは専任2人、訪問診療は医師3人で行っています。在宅医療の登録患者さんは61人です。在宅は医療のほかに訪問介護や配食サービスも必須です。介護職員初任者研修(旧ホームヘルパー2級)の養成が急務で、町に養成講座受講者への補助制度設立を働きかけています。配食サービスは配送の人件費や配送車などの設備・維持の補助制度も必要です。

リハビリは、当院では早くから徳洲会の奨学金制度を利用してセラピストを養成してきましたが、ここ数年でやっと9人前後と増えてきました。

私は、1983年に大学卒業後、岸和田徳洲会病院に入職。外科を1年、その後は循環器内科・一般内科を6年間研修しました。島に憧れ90年より種子島(たねがしま)の南種子(みなみたね)町立病院(現・公立種子島病院)に勤務。97年7月に島民の99%の署名と設立までの紆余(うよ)曲折を経て当院がオープン。初代院長は上江洲朝弘(うえずあさひろ)先生で、岸和田時代の外科のボスです。私は翌年4月から参加。飼っていたネコ29匹とイヌ1匹を連れ移住しました。合わせて25年の島暮らしです。島の人たちとともに、皆で頑張りましょう。

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