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直言

Chokugen

寺田 康(てらだやすし)庄内余目病院院長(山形県)

直言 生命いのちだけは平等だ~

寺田 康(てらだやすし)

庄内余目病院院長(山形県)

2020年(令和2年)3月23日 月曜日 徳洲新聞 NO.1228

慢性期医療を診療にどう取り入れるかは
それぞれの病院が地域医療を考慮し判断
徳洲会の理念は離島・僻地での救急医療が嚆矢

この冬の庄内地方は雪がほとんど積もりませんでした。 冬期の除雪が収入源の建設会社や農家の人たちにとっては、大打撃です。例年、「雪は地面から吹く」庄内ですが、地吹雪がなく、穏やかで芯の抜けたような今冬の庄内は、溶けたアイスクリームのようで、まるで締まりがありませんでした。

そんな人口2万1000余人の庄内町に位置する当院は、許可病床324床で、内訳は急性期病棟202床、回復期リハビリテーション病棟40床、医療療養病棟37床、地域包括ケア病棟45床の「ケア・ミックス型」の病院です。これに関連4老健施設「余目徳洲苑」、「徳田山」、「あかね」、「ほのか」が加わり、地域医療にあたっています。

「高齢でも田舎であっても必要な急性期治療は行う」

私が10年前に庄内に赴任して強く感じたことは「もう歳だから仕方がない…」、「田舎だから仕方がない…」、「医者がいないから仕方がない…」といった“あきらめの医療”でした。これに対して「あきらめの医療はしない」、「高齢であっても、田舎であっても必要な急性期治療は行う」を診療方針として掲げ、職員一丸となって取り組んできました。高齢者の特徴として、臨床経過の個人差が大きく、個々の患者さんの経過に合った医療環境を提供するうえで、「ケア・ミックス型」病院+関連4老健施設の形態は非常に好都合です。

人を相手とする臨床は奥が深いです。とくに慢性期医療では、予期せぬ経過に多々遭遇します。

86歳男性で、肺炎を契機に全身状態が低下、経口摂取がほとんど進まず数カ月経過、末梢(まっしょう)点滴も確保困難となり、胃瘻(いろう)などの経管栄養も希望せず、「後は患者さんの生命力がいつまで続くかを看取る」という方針にしました。スタッフやご家族も経過に納得し、患者さんは個室に移動、ご家族が続々と、お別れに訪れました。それから4~5日後、ひと口、ふた口と経口摂取量が徐々に増え、数週間かけて、最後はなんと五分粥1200㎉をほぼ全量摂取まで回復し、自宅に退院されました。

また、肺炎で入院された100歳超えの女性も同じような経過をたどっていますが、よく観察していると1週間に2日だけ経口で全量摂取、後の5日間は眠ったままで経口摂取がゼロの周期を繰り返しています。採血では栄養状態は低めながら維持され、貧血も進行していません。

慢性期病棟では、患者さんの主訴がないことが多々あります。「腹痛のない進行する貧血の原因が急性十二指腸潰瘍からの出血だった」、「歩行が不安定になったが、実は脳幹梗塞を起こしていた」など、患者さんの予後を左右する疾患を見つけ出さなければなりません。

今、私が痛感していることは、慢性期医療に必要なことは、実は急性期医療のバックアップ、そしてスタッフの急性期医療での経験です。

何もしなければ自然に死と直面する高齢者の慢性期医療は、必然的に地域に根差すことになります。全国から患者さんが殺到する有名な慢性期病院の話は、あまり聞いたことがありません。

また、慢性期医療はその時の医療制度に大きく影響を受けます。優劣を比較する客観的なデータも意外に少ないです。

慢性期医療を診療にどう取り入れるかは、それぞれの病院が地域医療を考慮して判断するに任せるのがいいと思います。

徳洲会の理念は離島・僻地での救急医療に端を発します。徳洲会が提供する医療の大黒柱は、やはり急性期医療ではないでしょうか?

一貫した理念なき組織は消滅 実行方法を変え生き残り図る

離島・僻地医療には最先端の医療は必要ありませんが、急性期医療は必要です。徳洲会が日本という大きな視点で、日本国土を舞台に「ケア・ミックス」型の病院配置をすればいい。それには理念を継承してきた現体制でも十分可能だと思います。要は急性期病院から人が動いて離島・僻地に急性期医療を、あるいはその経験を届ける工夫をすればいいのだと思っています。「強い組織が時代の変化に生き残るのではない。変化に対応した組織が生き残る」―― もっともな言葉です。一貫した理念のない組織は、ぶれて潰れてしまいます。理念は永遠に変わりません。ただ理念の実行方法を変えればいいのです。

庄内町の居酒屋のカウンターで一人、日本酒「杉勇(すぎいさみ)」の盃を傾けながら、考えることしきり…。皆で頑張りましょう。

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