徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

浦元 智司(うらもとさとし)(喜界徳洲会病院院長(鹿児島県))

直言 生命 いのち だけは平等だ~

浦元 智司(うらもとさとし)

喜界徳洲会病院院長(鹿児島県)

2019年(令和元年)8月5日 月曜日 徳洲新聞 NO.1196

高齢の方々が安楽に暮らせるケアアイランドにするのが夢 島をひとつの大きな介護施設と捉え

自分は何故、医師になったのかと、ふと考えることがあります。これを読んでおられる医師や看護師、薬剤師、臨床検査技師など多職種の皆さんは、どうして医療従事者になりたいと思ったのでしょうか。医療従事者になると「世のため人のため」という気持ちになると思われるでしょうが、日々の診療では、そんなことを深く考える余裕はありません。治療のこと、地域のこと、目の前のおじいちゃん、おばあちゃんのこと、保険診療や法令順守のことなども考えなくてはならず、自分の思いを顧みる時間は残っていないのが実情です。

しかし、医師になって良かったと私は思っています。具体的に何が良かったのかまでは、確固たる答えをもち合わせていませんが、ひとつ言えるのは、喜界島という場所にいて、「何が医療なのか」を理解できたことです。

島に病院は当院しかありません。すなわち喜界病院は医療のみならず、雇用の場としてもまたコミュニケーションの場としても重要な役割を果たしています。私には「医療のないところに人は住めない」という持論があり、まさに、この島は当院がなければ立ち行かなくなってしまいます。

「当院のスタッフがいないと島は無人島になってしまう」

島に来たばかりの頃は、島の医療は諦めの医療と思っていました。島では医療が完結できないからです。「ゆりかごから墓場まで」という言葉などなく、本土と同じ医療を受けていただくには、結局、患者さんに本士に行っていただかないといけません。「離島の方たちを本土の良い病院にお送りするのが仕事」という考えでした。

さらに本土に移住したご家族が、そのまま患者さんを引き取ってしまわれると、島の人口がさらに減少。私は島を守ると言いながら、悪循環が生じている状況に、悔しいと思いつつも、どこかで諦めざるを得ませんでした。しかし、診療を続けるうちに、当院のスタッフがいないと、この島は本当に無人島になってしまう。そんな思いが頭をよぎりました。

いても立ってもいられなくなり、「おじいちゃん、おばあちゃんが、ひとりでも暮らしていけるように頑張るしかない」、「本土と同じ医療ができなくても、かかりつけ病院として信頼される相談相手になるしかない」と、徐々に気持ちが昇華。さらに、院長として病院の経営を安定させる必要性をスタッフに絶えず訴えるようにしました。赤字続きでは新しい設備を整えるどころか、病院そのものの存続が危うくなるからです。それを理解しているから、スタッフは少ない人員で頑張っていると信じています。

私には夢があります。この島を"ケアアイランド"にすることです。本土に若い人たちが行ってしまう理由のひとつは、安定した収入がないからです。喜界島では農業が重要な産業ですが、高齢者の割合が増えると、その担い手がいなくなってしまいます。これを逆手に取り医療・介護をひとつの産業にできないかと思っています。

島ひとつを大きな介護施設と捉えるのです。利用者さんは島の方たちだけではなく、本土からも受け入れます。そして、その方々を介護する若者を受け入れる。最近、喜界島に医療従事者として帰って来てくれた若者たちもいます。

本土に行かれた患者さんが、また安心して帰ってこられる島。ご家族にも「ここなら大丈夫」と思ってもらえる島。若い介護者たちが待っている島。そんなケアアイランドを形づくってみたいと思うのです。

島の方々を守り支えていく夢があればやりがい生まれ

徳洲会グループが母体となり、2020年度に開学予定の湘南鎌倉医療大学(仮称)が、島しょ看護を教育・研究する場所を、喜界島につくっていただけたら幸いです。この島が、島しょ看護の教育・研究の中心的存在になれば、多くの方たちが集まるのではないでしょうか。

夢があるから、やりがいが生まれます。喜界島の約7000 人の方々を、どうやって支えていくか。喜界島をどうやって守っていくか。夢を見続けるために、この島で仕事に邁進(まいしん)していきたいと思います。どうして医師になったのか、医師になって良かったかの確かな答えは、きっと私が医師を辞める時にわかることでしょう。夢の実現に向け、皆で頑張りましょう。

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