徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP 45th

直言

Chokugen

鈴木 隆夫(すずきたかお)(一般社団法人徳洲会理事長(東京都、大阪府))

直言 生命いのちだけは平等だ~

鈴木 隆夫(すずきたかお)

一般社団法人徳洲会理事長(東京都、大阪府)

2018年(平成30年)3月26日 月曜日 徳洲新聞 NO.1126

「人生はできることに集中すること
できないことを悔やむことでない」
ボロボロになり成長した体験は誰も奪えない

昨年5月に45歳で亡くなった湘南鎌倉総合病院(神奈川県)の青木豪志(たけし)・事務部長(当時)は、自分の夢に人生をかけたひとりでした。彼は同院を日本一、アジア一にする夢をもち、業務に対し真摯(しんし)な態度で、いつも打開策を模索していました。先進医療センター、外傷センター開設も彼の夢でした。しかし10年前、小腸に悪性腫瘍が見つかり、手術を3度受けたものの、がんは全身に広がっていきました。それでも彼は、命が燃え尽きる直前まで病魔と闘いながら業務を続けました。痛みに耐え、弱音を吐かず、夢の舞台から決して降りることなく、残された時間を前向きに生ききりました。夢だけが病の不安や苦痛を忘れさせるものだったのです。

徳洲会は救急医療使命に誕生 時代変化に応じサービス変容

彼が心のなかに描いた東洋一の先進医療センターや外傷センター、病院附属医療大学、最高の経営力をもつ病院の姿を、愛する家族に「『これが、お父さんのつくった施設だ』と見せたい」と、旅立つ前に、私に話してくれました。

彼が亡くなる1週間前に仲間に残したメールに「本当に患者さんと湘鎌(湘南鎌倉病院)のために尽くしてきて良かったと思う。湘鎌をとおして、地域に貢献する日本一の病院・組織づくりのど真ん中にいて、仕事ができたことを誇りに思うよ。仕事、やりがいを取り上げられた俺の無念は、お前たちが少しでも晴らしてくれな……」。彼の思いは職員たちに受け継がれています。夢追い人の青木は、挑戦者を育む上司でもありました。

交通事故で救急車を要請しても引き受ける病院がない。救急のタライ回しが当然だった時代、24時間365日“断らない救急”を目指し、徳洲会は1973年1月に産声を上げました。救急医療を担うことを自らの使命として課した徳洲会は、その後も時代の変化(人口構造や疾病構造の変化、高齢化にともなう認知症の急増など)、時代の要請に応じ、医療サービスを変容させてきました。

1980年代に入ってから、がんが死亡率1位を占め続けています。AI(人工知能)の進化で、がんや心疾患などは早く発見でき、検診により蓄積したデータによって、その人の10年先、20年先の病気を予測できる時代になりました。中国では生命保険加入時に、こうしたデータが参考にされているようです。

社会構造の変化にチャンス その対応が生き残り決める

2016年、日本人の死因の1位は「がん」で28.5%、2位の「心疾患」15.1%、3位の「肺炎」9.1%を大きく引き離しています。そればかりか、がんによる死亡者数は、高齢化により30年前の約2倍(約37万3000人)になっているのです。2人に1人が、がんを患いながら、学び、仕事を続け、生活する時代です。

そして今、人生100年の時代が視野に入ってきました。第1ステージは30歳まで、第2ステージは65歳、定年まで。そこから85歳までの第3ステージを経て、100歳までの第4ステージが待っています。定年後、さらに人生30有余年を生き抜くのは、まさに大きな課題です。第4ステージまで生ききるために、定期的な検診や人間ドックは病院の副次的な仕事ではなくなってきています。健康寿命をいかに伸ばすかという大切な意義をもっているのです。

さらに、がん、高齢化と、それにともなう認知症は、避けては通れない日本の宿命です。社会構造の変化には大きなイノベーション(革新)の機会があり、それに対応するか否かが生き残りを決めます。世界は固唾(かたず)を飲んで日本の高齢化への対応を見ています。

徳洲会は時代とともに生き抜き、ボロボロになりながら、成長した体験をもっています。体験は誰も奪うことができないのです。青木は、がん転移、激痛、放射線治療、モルヒネによる鎮痛剤などを経て、道半ばで逝ってしまいました。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)で最近亡くなったスティーブン・ホーキング博士はこう言いました。「人生は、できることに集中することであり、できないことを悔やむことではない」。

私は徳洲会勤務約40年の歴史のなかで、多くの職員を見送りました。医師、看護師、コメディカル、事務職員と、職種に例外はありません。彼らの存在が、今の徳洲会を支えてきたことを決して忘れてはなりません。

皆で頑張りましょう。

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