2018年(平成30年)2月5日 月曜日 徳洲新聞 NO.1119 一面
宮古島徳洲会病院
初の下咽頭ESD実施
食道からまたがる早期がんに
宮古島徳洲会病院(沖縄県)はこのほど、食道と下咽頭(かいんとう)にまたがる早期の重複がん患者さんに対し、ESD(内視鏡的粘膜下層剥離(はくり)術: Endoscopic submucosal dissection)を行った。術者は岸和田徳洲会病院(大阪府)の井上太郎・内視鏡センター長兼消化器内科主任部長で、宮古島病院にとって初。治療から2カ月経過した現在も再発はなく、患者さんの状態は良好だという。同院の増成秀樹院長は「離島で都市部のような高い技術の治療が受けられる意義は大きい。負担の少ない治療ですむよう、島の方々に早期発見・早期治療の重要性を周知していきたい」と意欲を見せている。
岸和田徳洲会病院 井上センター長が手術
「離島でも都市部の治療が受けられるように協力したい」と井上センター長
ESDは胃や食道など消化管の粘膜に生じた早期がんに対する治療法。消化管の壁は内側から粘膜上皮、粘膜固有層、粘膜筋板、粘膜下層、固有筋層など複数の層で構成され、がんは内側から生じる。ESDは内視鏡の先端に電気メスなど専用の器具を装着し、原則、粘膜下層までを剥離。具体的には剥離する部分に目印を付けた後、病変部位によって粘膜下層に生理食塩水やヒアルロン酸を注入し、剥離する部分を盛り上げる。その後、目印に沿って切り取り、少しずつはがしていく。剥離後は止血する。
従来の外科手術に比べ、患者さんの身体負担が少ないのが最大の特徴。井上センター長は「臓器の一部を摘出する必要がないなど、術後も今までどおりの生活が見込める患者さんに優しい治療です。元気な方であれば90歳代の患者さんでも行った経験があります。ただし、もちろんリスクもあり、出血や感染症など合併症の可能性もゼロではありません」と説明する。
井上センター長が実施する場合、入院期間は1週間程度。「食事も通常、2日後には、おかゆなどが食べられます」。退院後は1カ月くらい粘膜を保護する薬などを服用する。現在、同治療が保険適用となるのは早期の胃がん、大腸がん、食道がん。
手術室でESD を実施
今回、宮古島病院で行ったESDは食道から下咽頭にまたがる早期がん。2014年から定期的に同院の消化器内科をサポートしている井上センター長が手がけた。
患者さんは中年の男性。2015年から宮古島病院で健診を受診し、17年に早期の食道がんが見つかり、井上センター長がESDを実施。その際、ほかにも2カ所で病変を発見し、数カ月間隔でESDを実施。最後に行った際、「下咽頭にも影がある」と検査したところ、食道から下咽頭にかかる早期がんが見つかった。
約2カ月後、ESDを行い、約7㎝にわたり粘膜を剥離した。「かなり広がっていましたが、早期発見、早期治療ができて良かったです」と井上センター長。治療時間は麻酔を含め約3時間。電気メスで切り始めてからは1時間半だったという。
術後、患者さんは咽頭の違和感を訴えたものの1週間で退院。その後は咽頭の違和感もなくなり、今年に入り再発の有無を確認する検査を行ったが、異常もなく、経過は良好だという。増成院長も「当院でESDは年間10例前後ありますが、下咽頭への実施は初めて。放っておけば、喉(のど)をすべて摘出することになりかねず、井上センター長に感謝するとともに、あらためて徳洲会の離島・へき地病院を応援するシステムの意義の大きさを実感しました」と目を細める。
もっとも、下咽頭へのESDは誰もが行えるわけではない。胃などに比べて解剖学的に複雑で、全身麻酔下に気管挿管し喉頭展開して行う。挿管チューブや舌骨などもあり、術者にとっては視野が狭く、内視鏡を動かせる範囲も限られる。
井上センター長は岸和田病院でESD全般を年間450件超手がけ、そのうち下咽頭ESDも10件程度行っている。
豊富な実績をベースに、井上センター長は食道がんのガイドラインにのっとって下咽頭ESDを実施。「岸和田病院で胃のESDを行える医師は複数いますが、大腸のESDとなると減り、さらに下咽頭病変を他院で行うほどとなると今は自分以外いません。術野が狭く、誤って神経を傷つけたりすると嗄声(させい)(かすれ声)など合併症をともないます。胃などに比べて技術が求められます」。
都市部病院から応援に出向き島で医療を完結
すでに井上センター長は徳之島徳洲会病院(鹿児島県)や名瀬徳洲会病院(同)で下咽頭のESDを行っており、今回、宮古島病院で初めて行えたことに「応援に行くようになって3年。慣れたスタッフがいないと難しい治療のため、スタッフに経験を積ませ、ようやく行うことができました」と感慨深げ。
「設備など環境的には、徳洲会グループ病院があるどの離島でも下咽頭ESDが行える」とし、今後、各病院でスタッフ育成に注力する意向だ。
「島で治療が受けられないとわかると、あきらめる島民の方が少なくありません。“生命だけは平等だ”という徳洲会の理念にもあるように、都市部の医療を離島でも受けられるのが理想。そのためには、僕ら医療従事者が本土の都市部の病院から出向き、医療を完結させるべきだと思っています」(井上センター長)
今回のケースから増成院長は「専門医が少ない離島の病院で、高度な技術を要する治療を島民の方に受けてもらえるのは素晴らしいこと」と強調。「患者さんの負担が少ない治療ですませるには早期発見・早期治療が重要だと再認識しました。健診や人間ドックの受診に、もっと力を入れていきたい」と意欲を見せた。