久志 安範(与論徳洲会病院院長)

徳洲新聞2014年(平成26年)8/4 月曜日 NO.940

都市部に負けない医療の確立へ努力 自宅で亡くなるのが与論島での慣習 島内で治療可能なら島民はとても助かる

私は徳島大学医学部を卒業後、プライマリケア(総合診療)が学べ、全科のローテーションができる沖縄県の南部徳洲会病院に入職しました。今とは違い1年目から専門医研修が可能な時代でした。

それからの16年間は、救急医、外科医として多忙な毎日。海上保安庁のヘリや自衛隊の離島救急搬送用ヘリ、徳洲会所有の軽飛行機に添乗(てんじょう)して約50回、患者さんを離島から沖縄本島の病院に搬送しました。ヘリから見る日の出の美しさは、格別なものでした。

1998年、当院院長として赴任しました。南部病院の故・金城(きんじょう)浩院長から「2、3年やってこい」といわれ早や16年。離島の院長在任最長記録を更新し続けています。

当初、常勤医は私1人だけ。応援の内科の先生と研修医の計3人体制が2005年まで続きました。現在は外科の私と内科の高杉香志也(かしや)先生の常勤医2人に、応援の先生と研修医で診療にあたっています。

月に1 、2回の特別診療の科目も増え、島の人に感謝されています。

与論島にはクリニックが3カ所、病院は当院のみです。救急車のほとんどが当院に来ますが、拒否したことはありません。

救急処置や緊急手術にも対応し、処置できない心臓大血管、中枢神経などの疾患にはドクターヘリや自衛隊ヘリで搬送しますが、当院開院後はヘリ搬送件数が激減しました。

8割以上の患者さんの顔写真 電カルに収載して間違い阻止

島外の医療機関で治療を受けると交通費や宿泊費、食事代も含め、お金も時間も手間もかかります。人工呼吸器が必要な重篤(じゅうとく)な肺炎も、島内で治療可能なら、患者さんや家族はとても助かります。島内で医療が完結するよう、プライマリケアを中心に、日頃から予防医療までを見すえた医療展開が重要になります。

12年10月、当院は64列CT(コンピュータ断層撮影装置)を導入、冠動脈撮影を開始。同11月よりPACS(パックス)(医用画像保管電送システム)も導入、レントゲンのフィルムレスが実現しました。13年9月には待望の電子カルテを導入。徳田虎雄・前理事長に約束した“都市部に負けない医療”のためのハードが、少しずつそろってきています。しかし一番大事なのは、島唯一の病院である当院を大切に思ってくれる島の人たちです。

当院の電子カルテには患者さんの顔写真が載っています。カルテは開院当初から通し番号がふられ、現在1万5000番台まであり、8割以上の電子カルテが顔写真付き。これは患者さんの取り違えによる薬の間違いや処置の間違いを防ぐ良い方法です。カンファレンスやミーティング時、個々のスタッフがもっている患者さんに関するあらゆる情報が、顔写真のもとに集中します。蓄積した情報を、スタッフがそれぞれ共有することが、医療のレベルを上げる最も良い方法だと思います。

沖縄の南部・中部徳洲会病院 月3日の交換研修に全面協力

与論島には亡くなる時は自宅でという慣習があり、在宅死の割合は7割。島の人たちは、家族に見守られながら畳の上で最期を迎えないと魂が成仏できないと信じています。10年前に火葬場が完成するまで土葬でした。患者さんが亡くなられる前の自宅搬送は大変な仕事で、医師も同行します。島の慣習を絶やさぬよう努めていく考えです。

離島ならではの不便さはありますが、それでも都市部の人たちと同じような医療サービスを受けて然(しか)るべきです。これが“生命だけは平等だ”の理念につながります。ちなみに、当院の紹介動画が徳洲会のホームページで視聴できます。ぜひご覧ください。

昨年9月以降の騒動の影響で、島から病院がなくなるのではないかと心配されました。その後、当院にNHKの『クローズアップ現代』などの取材が入り、離島・へき地医療を展開している徳洲会の真実を見てもらいました。

私はいつも直言で、離島・へき地への職員派遣を、医師も含めて実施すべきだと提案してきました。そのひとつの試みとして、私と高杉先生は半年前から沖縄の南部・中部徳洲会病院の協力を得て、月に約3日の交換研修を始めています。この試みが離島・へき地全体に広まり、徳洲会全体に展開できればと考えています。今のところ小さな一歩ですが、大きな一歩になる可能性を秘めていると思います。

世の中もどんどん変わっています。医療界も変わらなければなりません。それ以上に、徳洲会自体も変革が求められています。

皆で頑張りましょう。