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徳洲新聞2006年(平成18年)3/13 月曜日 NO.509
直言 “離島医療”にこそ徳洲会グループの全ての原点がある
~与論でも都会の人達と同じような医療・福祉サービスを~

久志安範(与論徳洲会病院院長)
 昭和58年、 徳島大学医学部を卒業し、沖縄南部徳洲会病院に入職。プライマリーケア(初期治療)が学べ、さらに全科ローテーションが可能な、同院を選択したのです。
 それからの16年間は、救急医として、外科医として多忙な毎日でした。海上保安庁のヘリや、自衛隊の離島救急搬送用ヘリ、徳洲会所有のセスナに搭乗して、約50回も患者さんを離島から沖縄本島の病院に搬送しました。
 ヘリから見える朝日の美しさが、いい思い出として残っています。時々、離島の応援にも行きました。離島ではスタッフと、診療科の垣根を越えた自由なディスカッション、語らいの時がありました。
 平成10年に与論徳洲会病院に赴任。与論島は人口約6000人、周囲約20kmの小さな島です。着任早々、徳之島徳洲会病院の大久保明院長が県議会議員選挙に出馬、生まれて初めて選挙カーに乗って応援演説を行いました。「後を追う職員の皆さんが盛り上がるので、ドンドンやってください」とウグイス嬢に励まされ、喉を嗄らしました。選挙の結果、大久保先生は見事当選。ちなみにその後は徳田虎雄理事長の国政選挙を含め、県会議員選挙、町長選挙の全てに勝利しています。
 島のお年寄りは元気です。そして、生活と選挙が都会よりも身近です。親戚、兄弟の間でも選挙で戦うことが間々あり、選挙は第4次産業と言われる位に活気があります。20年前から、与論島に徳洲会病院を誘致しようと島の人達は運動を重ねてこられ、その熱意が理事長に通じ、与論徳洲会病院は平成8年1月1日に開院する事ができました。

医療・福祉の充実に政治の力は絶対に必要である
 殆どの外科的手術は、 当院で行い、全身麻酔の手術は、整形外科、泌尿器科、脳外科も含めて年間約40~60件あります。離島の場合、島外で治療を受ける事は、交通費や宿泊費、食事代も含めて、お金も、時間も、手間も掛かります。人工呼吸器を使用する重篤な肺炎も、島内で治療可能なら患者さんはとても助かります。
 当院には常勤医による内科、外科以外に、特別外来として循環器科、小児科、整形外科、泌尿器科、精神科、産婦人科、眼科、耳鼻科、脳外科、神経内科、皮膚科診療が月1~3回あります。デイサービス、グループホーム、知的障害者の方の授産施設も設けています。
 介護保険による給食サービスも提供し、ご利用者からは温かくて美味しい食事だと好評です。今デイサービスに通われるお年寄り達は、20年前は矍鑠として選挙運動をされていたのだと思うと、愛しさで一杯です。このお年寄りや島の人達に対して、病院としてできる精一杯のサービスを提供していきたいと思います。
 知的障害者の方のための授産施設「秀和苑」は、徳田秀子理事の助力で開設できました。間接的には、障害のある方に理解を示す伊藤祐一郎知事が誕生したことが遠縁になっています。医療・福祉の充実に、政治の力は無視できません。秀和苑は障害者の方の自立支援施設です。知的障害者の方達は今まで島外にしか施設がなく、自立支援も受けられませんでした。秀和苑では、障害者の方の経済的自立の一つの方法として、塩を製造しています。“命泉塩”と名付けられ、与論島の海でとれた美味しい塩として評判です。
 当院のカルテには、患者さんの顔写真が載っています。カルテは、開院当初より通し番号で、現在1万2000番台までありますが、8割以上のカルテが顔写真付きです。患者さんの取り違えによる薬の間違いや、処置の間違いを防ぐよい方法と思われます。顔写真があれば、外来や入院時の出来事が殆ど思い出せます。カンファレンス時等に患者さんに関するあらゆる情報が顔写真に集中し、蓄積した情報がメンバーに共有されます。私はこれが医療のレベルを上げる良い方法だと思います。
 与論島には亡くなる時には自分の家で、という習慣があります。島での在宅死の割合は8割。昔は、日本中どの地域でもそうだったかも知れません。与論には火葬場がなく土葬で、葬儀に関連した行事や慣習が多く残されていますが、2年前に与論島に火葬場が完成し、土葬の苦労が減りました。
 亡くなる前の自宅搬送は、生と死を考える良い機会です。自宅搬送には、医師も付き添い病院としては大変な仕事ですが、この与論の良い習慣を絶やさぬように、努力していきたいと思っています。

基幹病院の院長は農村・離島に医師を派遣できる人を
 離島でも、 島の人達は都会と同じ税金を払っています。それなら都会と同じ様な医療サービスを享受できるべきです。それが理事長の言う“生命だけは平等だ”の理念に繋がるものだと思います。
 離島の病院は、どこも人手不足です。医師、看護師、パラメディカルと全てが不足しています。
 厚労省は、2年前からマッチングによる研修システムを始め、今後開業する医者は地域医療研修を行わないと、開業資格がない様な仕組み作りを計画中です。教職員も3年間は離島・僻地を回っています。徳洲会も、離島に3年間行かないと役職に就けない様なシステムにすべきです。学校の先生にできて、なぜ徳洲会の医者ができないのか。
 愛と使命感のある中核病院の院長達が、率先して離島医療を実践しています。前中部徳洲会病院の安富祖院長は宮古島徳洲会病院の院長に、前南部徳洲会病院の金城院長も石垣島徳洲会病院の院長として頑張っています。
 徳洲会の基幹病院の院長は、農村・離島に医師を派遣できる人がすべきです。現在では元沖永良部徳洲会病院院長の前田専務が千葉西病院の総長になり、元名瀬徳洲会病院院長の板垣専務が東京西徳洲会病院の院長、現徳之島病院の松本院長が来年開設予定の大垣病院院長、元徳之島病院院長で前屋久島徳洲会病院院長の上江洲先生が岸和田徳洲会病院院長と、離島経験のある院長が都市部の大病院の院長になり、明るい兆しが見えてきました。
 世の中はどんどん変わっています。医療界も変わらなければなりません。それ以上に、徳洲会グループ全体も変革を求められていると思います。
 皆で頑張りましょう。
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