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徳洲新聞2005年(平成17年)5/30 月曜日 NO.469
直言 ・徳洲会文化・の原点は農村・離島の医療にある
~徳洲会だから離島病院の自立的運営が可能になる~

板垣 徹也(特定医療法人徳洲会専務理事)
 徳田病院の開設から 13年を経た昭和61年、徳之島徳洲会病院が開院し、奄美における離島医療が始まり、以来20年の歴史を刻んできました。人口13万人強の6つの島に、7病院901床(うち療養型病床436床)、2老人保健施設180床、6グループホーム72床、そのほか訪問看護・訪問介護、通所リハビリ・通所介護、介護支援センター・居宅介護支援事業所、特定入所施設など、多種多様な医療・介護・福祉・生活にわたる総合的なサービスを提供できるようになっています。
 土地選定、建物に対する建設と設備資金の調達、地域住民の方々の理解と協力、政治的な軋轢、そして何よりも人材の確保に多大な努力が注ぎ込まれ、幾多の困難を乗り越えて今日に至っています。
 当初は農村・離島の病院の経営が成り立つとは考えにくく、赤字を覚悟してのスタートでした。農村・離島における国立と地方自冶体病院の経営や運営を見て、その感を一層強く持ちました。全国の徳洲会病院から医師、看護師、薬剤師をはじめ専門職員を離島に派遣。健康友の会をつくり、通院困難な高齢の皆さんにバス便を提供し、医療講演を行って医療知識の啓蒙と普及に努め、病気の予防を呼びかけ、高齢者中心の医療を懸命に展開しながら、徳之島、加計呂麻、沖永良部、喜界、名瀬、与論に病院をつくっていきました。
 それまで、昭和57年に徳洲会開設10周年記念事業として医療相談所を奄美各地に設置し、医療施設のない地域、または医療費が心配で医療にかかれない方々の相談に応じてきました。実際に、沖縄南部徳洲会病院では、57年の医療相談所設置後、奄美各島から来られた4917名の患者さんに対して、約3億円の一部負担金の免除をしてきました。
 これまでに、さまざまな独自のノウハウを積み上げ、農村・離島でも病院経営が成り立つことを実証してきました。平成9年に名瀬徳洲会病院を新築移転し、翌10年には笠利病院、11年には瀬戸内徳洲会病院を開設し、奄美大島の拠点を構えました。病院の新規開設時に必然的に生じる累積赤字を解消し、現在は医業収入的には都会の病院に頼ることなく経営できる状態となっています。
 医療機器もMRI6台、CT8台、心カテ可能な血管撮影装置2台、高気圧酸素治療装置3台、内視鏡下手術装置など最新機器が稼働。透析センターも各島に設け、患者さんの便宜を図っています。

都会の医療に追いつき追い越して離島医療を全国に還元
 農村・離島の医療は 遅れているという牢固とした常識があり、私たちの当初の目標も「都会並みの医療を提供すること」でした。
 確かに心臓・大血管の手術や、移植医療、癌の放射線治療などは離島ではできませんでしたが、名瀬徳洲会病院では、今年から心臓外科を開設し、腎移植も行っていく予定です。また、がんや心臓病、脳卒中、糖尿病、高血圧症などの慢性疾患、生活習慣病などの診断と治療は、過不足なく行える状況にあり、むしろ慢性疾患を抱えた高齢の方々が医療を必要とし、その後の療養や介護が必要になった際の対応などは、奄美の農村・離島のほうが現実的で優れています。
 多種多様なサービスを利用し、生活につなげていくシステムは、奄美の農村・離島のほうが都会よりも先を進んでいて、日本の10年後の姿を先取りしていると考えられます。
 これまでの病気の診断は、感染症の診断を元にした病原一元論が主流でした。ところが高齢者の疾病は、病原多元論とでも言ったほうが適切に説明できる場合が多いように感じます。基礎疾患・慢性疾患を持ち、それぞれの臓器や系統に何らかの障害を持っている高齢者に今回の疾病が重なったと考え、改めて対処することが大事です。
 認知(痴呆)症を日常的に遭遇する疾病・状態との捉え方も必要です。布団の上の転倒でさえ大腿頚部骨折を起こす骨の状態、筋萎縮と筋力低下、入院や拘束により引き起こされる混乱や譫妄状態、褥創を起こしやすい皮膚、脱水に陥りやすい体水分量、そのほかにも加齢によるさまざまな老化現象など、枚挙に暇がないほどで、ここにも10年後の都市生活を先取りした姿を見ることができます。

離島医療への取り組みが10年後の日本の医療を変える
 奄美では 多種多様な医療・介護・福祉・生活にわたる、総合的なサービスが提供できるようになってきています。日本一、あるいは世界一のサービス提供の体制が敷かれているからです。しかしこの体制も放置しておけば、病院と介護、医療と福祉、介護と福祉が連携を持たずにバラバラに動いてしまい、患者さんや利用される方にはとても不便で不自由な体制になり、生活面に影響していきます。
 患者さんや利用者の皆さんを中心に、医療・介護・福祉の関係者が協力していく体制をつくり維持・発展させていく事が肝要です。そうした目的から「施設間連絡会議」を毎月定期的に開催し、患者さんや利用される方の視点に立った、医療・介護・福祉が展開できるように心がけています。
 これからの日本の医療の提供体制の変化に対し、地域の医療資源を有効に活用し、地域に根ざした病院として存続していくために、「住民参加・住民監視・住民管理」を目指した組織としなければなりません。その始まりとして「名瀬病院を見守る会」を4月に立ち上げました。農村・離島では、医療資源の有効な活用が都会にもまして必要と考えられるからです。
 本年9月には東京西徳洲会病院が開院し、農村・離島医療との連携の強化を図っていきます。遠隔画像診断から開始し、正確な診断とそれに基づく治療を行える体制をつくりたいと考えています。それと共に電子カルテの導入、医療の質の確保、標準化した医療の展開、医療の安全性の向上、臨床研究の推進などの手法として活かしていきます。人材の不足しがちな離島僻地の医療にこそ、こうした情報を収集し、それを日常の診療に活かせる手法が必要です。
 農村・離島の医療は、弱者への医療の提供、高齢化社会での先進性、地域おこしの核になれる素地、社会への責任の自覚、単純さゆえに本質に至る道程が見つけやすい状況などの特徴があり、これからの徳洲会と日本の医療界に必要な人材を育てる絶好の場であると思います。農村・離島と途上国の医療に携わり、日本と世界の医療体制の確立は我々徳洲会の責務です。
 皆で頑張りましょう。
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