直言
Chokugen
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直言 ~
福田 貢(ふくだこう)
医療法人徳洲会 副理事長 八尾徳洲会総合病院(大阪府) 総長
2023年(令和5年)12月25日 月曜日 徳洲新聞 NO.1421
徳洲会医事部会の集計によれば、11月1日単日の入院管理下での経管栄養受療者数は1,959例(入院総数1万5,759人の12%)でした。経管栄養が広く受容されてきた背景には、診療報酬制度による医療費負担の低減化、延命手段の中止に対する医療者側への法的保護の欠如、付随する訴訟への危惧、職業倫理内での葛藤、加えて死について本人よりも、家族の意思が尊重される現在の社会的風潮などが指摘されています。同栄養法の一手段である経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)は、1979年に米国のPonskyらにより開発され、経口栄養摂取困難となった際の代替栄養法として有効な手段です。経口摂取不能ながら消化管機能が保持され、栄養補充の期間が長期に及ぶ症例でのPEGは、静脈栄養や経鼻胃管による栄養法よりも医学的に優れた方法であり、これにより、つつがなく社会活動を続けている人がいます。一方で開腹を要しない低侵襲性さから、高齢者など全身状態不良な症例にも応用が開始され、以後、急速に普及しました。
日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)の報告(2021年3月)によると、PEG関連死亡は7例であり、うち5例が全身状態不良、主病には脳血管疾患や心肺蘇生後脳症、重度の大動脈弁狭窄症、反復性誤嚥性肺炎、進行性食道がんなどがあり、年齢は脳性麻痺をもつ10代が1例、70代が3例、80代以上が3例でした。また6例で、造設時のBMI(体格指数)が18.5 kg/㎡ 以下であり、3例は介護施設入所や転院療養を目的に造設が提案され、本人の意思確認が不可能な状況下にありながら、社会的理由で造設が試みられた点について言及しています。結果論として、全ての事例でPEGを安全に実施できる時期としては、遅かったことが指摘されています。しかし同時に、施術の背景に経口摂取を望む患者さんや、ご家族らの想いを最大限に汲み取り、嚥下訓練を可能な限り継続した現場医療者への共感も記されています。
こうした状況下で、不幸にも生じた医療行為関連死は、私たち医療者に複雑な思いを想起させます。加えて、ほとんど面倒を見てこなかった親戚が、意思疎通不能となった本人の前に突然現れ、さらなる医療措置を求めた結果、長年、面倒を見てきた家族も、執刀医も、本人に寄り添う看護師も、時に戸惑う状況下で胃瘻が造設され、その継続のために看護師が葛藤を抱えながらも、“やむなく本人を縛る”場合があります。この医療現場で救われるのは誰なのでしょうか。
PEGは画期的な臨床効果から世界中に受け入れられてきた一方、本邦では高齢者や認知症患者が適応の多くを占める現況を反映して、種々の問題が指摘されています。終末期でのPEGの適否決定は、直接に人の生と死に関わることですが、私たち医療者が、個々の人生にどのように携わるべきかについての明確な指針はありません。それ故にPEGの適否は各現場の判断に委ねられています。したがって適応決定の実務は主要病態、全身状態評価、腹腔内の解剖学的把握、関節拘縮の評価、処方薬、全病歴の把握など多岐にわたる身体的個別要件の評価に加え、多くの場合、本人の意思確認が困難な背景があり、通常の同意手続きに加え、十分な社会的合意を形成することが必須要件です。医療事故防止の観点からも、現場の仲間が医療事故に身を晒し、罪悪感に苦しむことがないように配慮した言葉や、同僚への冷静な目配りと気配りが大切であると思います。
意思疎通が困難となった病者を前にして、PEGの適応を検討する際の医療者側の逡巡は、“人が人らしく生きることは”との問いに明確な答えをもち合わせないことに起因していると思われます。もし、“人らしくあること”に限界があるとするならば、私たち現場の医療者が担うべき役割は、限界と闘う人々に対する援助にあるはずです。“無力で、時には慰めることすらできない”。しかし、何ができるかどうかにかかわらず、医療行為や、それにともなうリスクや犠牲が正当化されるのは、それらが病者のより大きな目標の達成に役立つ時だけです。そのことを、常に心がけながら、現場での意思決定に臨むべきと考えます。
皆で頑張りましょう。