
徳洲新聞ダイジェスト
Tokushukai medical group newspaper digest

Tokushukai medical group newspaper digest
2025年(令和7年)11月04日 火曜日 徳洲新聞 NO.1516 4面
野崎徳洲会病院附属研究所(大阪府)の今井由美子メディカル感染システム研究部長が筆頭・責任著者を務めた論文が、米国医学誌『American Journal of Respiratory Cell and Molecular Biology(AJRCMB)』にオンライン掲載された。集中治療後症候群(PICS)に抑制的に働く分子として、筋肉から分泌されるホルモン“アペリン”の関与を報告する内容で、世界初。今井部長が責任者となり徳洲会グループ、国内外の大学や研究機関の協力を得て研究を行った。同報告により、アペリンが認知機能や抑うつなどの神経機能に関与することが示され、筋肉と脳の密接な連関を明らかにした。将来的にPICSの新たな治療につながることが期待される。同誌は、呼吸・集中治療分野の疾患メカニズムを扱う国際的に権威ある学術誌で、同領域の基礎研究をリードしている。
「論文掲載は徳洲会をはじめ、さまざまな方のおかげです」と謝意を表す今井部長
『AJRCMB』は米国胸部学会(ATS)が刊行する呼吸器領域の基礎・分子・細胞研究誌。同学会が発行する臨床・集中治療を中心としたフラッグシップ誌『American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine(AJRCCM)』の基礎研究版と位置付けられている。
論文のタイトルは「Protective Role of Apelin in a Mouse Model of Post-Intensive Care Syndrome」(集中治療後症候群モデルマウスにおけるアペリンの保護的役割)。今井部長が責任者となり徳洲会グループ、東京大学、大阪大学、カナダやドイツの国際研究機関などと行った研究成果をまとめたものだ。
PICSは重い病気や外科手術などで、集中治療室(ICU)で治療を受けた後、新たに生じる精神・認知・身体的な機能低下の総称。退院後も長期にわたって体力が戻らず、不安や気分の落ち込み、物忘れ・集中力の低下、全身の虚弱などが挙げられ、とくに新型コロナ禍では多く見られたことが指摘されている。
このPICSに対して今井部長らは“アペリン”に着目し、研究を実施。その理由について今井部長は「アペリンは、さまざまな臓器から分泌されるホルモンのひとつです。病気の抑制など良い方向に働くことがわかっており、運動することで筋肉からも分泌され、高齢者のアルツハイマー型認知症などを抑えるという報告もあります。ただPICSに対してアペリンが、どう働いているかはわかっていませんでした」と説明する。
研究では、肺の機能と筋力が低下した状態を再現したPICSのマウスモデルを使用。再現後、1~2週間程度で肺の炎症や行動異常が見られ、調べてみると筋肉や血液中のアペリンが減少し、脳では認知症やうつ病に関連する遺伝子の活性化を認めた。
また、新型コロナにより集中治療室などに入院し、その後、PICSを発症した患者さんの血液データや症状を分析すると、血中のアペリンが少なく、炎症の指標となるサイトカイン(細胞間の情報伝達を担う物質)の数値が高いなど、マウスモデルの傾向と合致した。
そのマウスモデルに対し、筋肉に特異的に集まるウイルスベクター(細胞に侵入して遺伝情報を注入するウイルスの能力を活用した技術)にアペリンを組み込み投与。さらにアペリンの受容体活性化薬も合わせ、筋肉だけにアペリンが増える状態にした結果、肺の炎症や行動異常の改善が見られるなど、アペリンが筋や臓器、脳に対して保護的に作用することを示した。
論文では、PICSの原因のひとつにアペリンが関与していることを指摘するとともに、アペリンの活用がPICSの新しい治療法や予防につながる可能性を示唆している。
あらためて今回の研究成果について今井部長は「これまでPICSに関しては疫学研究やリハビリテーションに関する研究がほとんどで、仕組みそのものは明らかになっていませんでした。今回、基礎と臨床を融合させた研究によって、世界初の報告ができたことは素直にうれしいです」と感慨深げ。
加えて、「従来、筋肉は主に運動機能との関係に目が向けられがちでしたが、最近はフレイル(虚弱状態)と認知障害など脳との連関が注目され、さまざまな研究が行われています。本研究で、筋肉でアペリンを増やした時に脳にも良い変化をもたらすことがわかり、その裏付けにもなると思います」とし、「最近は入院後にできるだけ早期にリハビリを開始することが一般化していますが、そういった説明の根拠、あるいはリハビリ効果などを分析する際の指標になり得るかもしれません」。
PICS以外にも、今井部長は集中治療領域に関する研究を実施。今夏には徳洲会集中治療科部会の総会に出席するなど、同部会との連携強化も図っている。