徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

徳洲新聞ダイジェスト

Tokushukai medical group newspaper digest

2025年(令和7年)05月05日 月曜日 徳洲新聞 NO.1490 4面

湘南藤沢病院
「生まれて初めて歩きました」
神経難病にHAL用いリハビリ

湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)は脊髄性筋萎縮症(SMA)の患者さんに対し、ロボットスーツ「HAL(Hybrid Assistive Limb)医療用小型モデル(医療機器承認申請中)」によるリハビリテーションを実施、患者さんは生まれて初めて、自分の足で歩くことができた。SMAは遺伝子の異常で運動神経の機能が悪化し、体幹や四肢の筋力が徐々に低下していく病気で、難病指定されている。HALは体に取り付けたセンサーが、装着者の動こうとする「意思」を皮膚表面に流れる微弱な生体電位信号として感知し、装着者の動作をアシストする。

SMA患者さんが2週間の入院で、HALによるリハビリを実施

SMAは発症する時期によってⅠ型~Ⅳ型に分類され、発症年齢が早いほど重症で、進行スピードも早い。乳児期に発症するⅠ型(0~6カ月)が最も重症で、自分の力で呼吸できなくなり、人工呼吸器が必要不可欠となる。Ⅱ型(6~18カ月)は、立ったり歩いたりする前に発症するため、生涯にわたり歩行することができない。Ⅲ型(18カ月~20歳)では、いったん獲得した立つ、歩くという機能が徐々に喪失していく。Ⅳ型(20歳以上)が最も症状は軽く、成人期にゆっくりと筋力が低下していく。

これまでは確立した治療法がなく、発症した場合は症状に応じた対症療法を行うだけだった。しかし、近年は画期的な薬剤が登場し、病態の進行を抑制することが可能になってきた。一方で、薬物治療だけでは運動機能の回復は不十分なことが多く、あわせて行うリハビリ、とくにHALによる支援が注目されている。

2017年、原因遺伝子変異に作用する「スピンラザ」が、SMAの治療薬として世界で初めて販売。同薬はすべての年齢・タイプに適応されるが、4カ月ごとに髄注(脊髄腔に細い針を刺して、直接髄液に薬剤を注入する方法)が必要なため、患者さんの負担が大きかった。続いて販売された「ゾルゲンスマ」は、対象が2歳未満の乳児型SMAに限られており、1回投与で効果を発揮するが、販売価格が高価だった。

21年には経口投与が可能な「エブリスディ」が販売開始。在宅での服薬も可能であるため、通院が困難な患者さんにも使いやすく、すべての年齢・タイプに適応される。これらの薬剤により、それまで進行性とされていたSMAの生命予後や運動発達の改善が現実のものとなった。

現在、同院のSMA患者さんはひとり。担当する亀井徹正総長(神経内科)は「1歳で発症し(Ⅱ型)、約30年間、自分の足で歩いたことはありません」と説明する。患者さんは地域の医療機関からの紹介で、13年5月に同院整形外科を受診。脊柱側彎症もあったことから、翌年に脊椎センター・脊柱側彎症センターにかかり、15年9月に神経内科での経過観察とリハビリを開始した。

24年7月にエブリスディの内服治療をスタート。亀井総長は「スピンラザは患者さんの負担が重く、ゾルゲンスマは対象年齢からはずれていました。ようやく使える薬が出てきたので、患者さんと相談して治療を始めました。劇的な効果ではありませんが、疲れにくくなった、長時間座っていても苦ではなくなったなど効果が見られたので、HALによるリハビリを提案しました」と振り返る。

リハビリで実際の生活が 改善するかどうかが重要

薬物療法が進化しても、すでに低下した筋力や動作機能を完全に回復させることは難しい。そのため、リハビリはSMA患者さんの機能維持やQOL(生活の質)向上のために重要な位置を占める。とくに①関節拘縮や変形の予防、②残存筋力の強化、③座位・立位・歩行の維持、④呼吸機能や嚥下機能のサポート――などが目的となる。

なかでも注目されているのが、HALを用いた運動支援型リハビリ。HALは16年1月に保険適用となり、対象疾患は筋萎縮性側索硬化症、SMA、球脊髄性筋萎縮症、シャルコー・マリー・トゥース病、封入体筋炎、遠位型ミオパチー、筋ジストロフィー、先天性ミオパチーの8疾患。

人が身体を動かそうとする時、脳が神経を通して動作に関する信号を筋肉に送り出す。健常者の体では、この信号を受け取ることにより、動作に必要なぶんの力で筋肉を動かすことができる。HALは独自に開発したセンサーを皮膚に貼り付けることで、皮膚表面から漏れ出る微弱な信号(生体電位信号)を読み取ることが可能。これにより装着者がどのような動作をしたいと考えているのか認識する。

さらにHALは、認識した動作に合わせてパワーユニットをコントロール。これにより装着者の意思に沿った動きをアシストしたり、ふだんより大きな力を出したりすることが可能になる。このコントロールには、生体電位信号を検出して装着者の思いどおりに動作する「サイバニック随意制御システム」と、生体電位信号を検出できなくても動作を実現する「サイバニック自律制御システム」のふたつを混在させることで、装着者の動きをアシストする先進技術を使用している。

今回、患者さんに用いたのは、医療機器承認申請中のHAL医療用小型モデル。同院には成人用しかなかったため、メーカーの協力により同モデルをレンタルして試用した。また、同院では、2週間の入院期間中に9回、毎日1時間から1時間半ほどかけて、HALを用いたリハビリを行うプロトコル(治療計画)を採用している。

患者さんは「初日は無我夢中すぎて記憶がありませんが、徐々に落ち着いて取り組めるようになりました。HALが支えてくれるので、足に体重が乗っている感覚はありますが、軽やかな感じがしました」と振り返る。立ち上がること、1歩足を踏み出すことと徐々に目標を上げていき、7回目のリハビリで歩行に成功。「生まれて初めて自分の足で歩くことができ、うれしさでいっぱいになりました。親には最初、メールで報告したのですが、信じていなくて、動画を見せたら驚いていました」と笑顔を見せる。

ほかにも「足首を曲げやすくなりました。座る姿勢も保ちやすくなり、食事がしやすくなりました」と効果を実感。リハビリを担当した堀越一孝・理学療法士(PT)は「立ち上がる時は体幹で支えるので、そこが鍛えられたため、座位の時にも首や体を支えやすくなったのだと考えます。HALによるリハビリで、実際の生活がどう変わったかが重要なので、効果を実感できたのは良かったです」と力を込める。今後もHALによるリハビリを継続していく方針で、患者さんも意欲的だ。

この結果を受け、亀井総長は「薬物療法とロボットリハビリの融合によって、SMA患者さんのQOLやADL(日常生活動作)の向上が見られました。患者さんはパソコンで仕事をしていますが、使用時間が長くなったと聞いています」と強調。「リハビリ中は数値で記録を取り、さらなる改善を目指しています。今回の取り組みを学会や論文などで発表し、知見を共有していけたら良いと思います」と期待を寄せている。

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