徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

徳洲新聞ダイジェスト

Tokushukai medical group newspaper digest

2024年(令和6年)07月29日 月曜日 徳洲新聞 NO.1451 2面

Episode2
引かれ合い交差した高き志

患者さんに寄り添い続けた井村医師

志の高い人間同士が引かれ合い、いつか人生が交差することがある。徳田虎雄・名誉理事長が生前交流のあった故・中村哲医師、故・井村和清医師との出会いはその好例だ。

中村医師は福岡徳洲会病院を経て1984年、パキスタン北西のペシャワールに赴き、パキスタン人やアフガン難民への診療を開始。徳田・名誉理事長は中村医師からの求めに応じてハンセン病棟の建設費などを支援した。中村医師はアフガニスタンに活動を広げ、大旱魃を受けて2000年に灌漑事業をスタート。7年がかりで灌漑用水路25.5kmを整備、1万4,000haを緑地化する偉業を遂げた。19年12月、凶弾に倒れ、帰らぬ人となった。

アフガニスタンで整備した用水路の前に立つ中村医師

井村医師は徳田・名誉理事長の誘いを受けて草創期の岸和田徳洲会病院(大阪府)に入職。長女の飛鳥さんの誕生直後、骨肉腫が見つかり右脚を切断。1979年1月に31歳の若さで逝去された。職員に宛てた「3つの悲しみ」は、今なお心に留めるべき心得だ。徳田・名誉理事長の勧めで残した手記は『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』(祥伝社刊)として刊行、多くの感動を呼んだ。生命の尊さや重さを守り伝えた3人の事績を風化させず、語り継いでいきたい。

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