徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

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高杉 香志也(たかすぎかしや)与論徳洲会病院院長(鹿児島県)

直言 生命 いのち だけは平等だ~

高杉 香志也(たかすぎかしや)

与論徳洲会病院院長(鹿児島県)

2020年(令和2年)7月20日 月曜日 徳洲新聞 NO.1245

グループ内外からの離島支援に感謝
島民の健康・生活・笑顔守り続ける
電カルの顔写真で医療行為の原点思い返す

「再発してごめんね」。山口大学医学部を卒業後、私は血液・内分泌内科に入局しましたが、寛解導入療法からの化学療法をご家族とともに頑張った白血病患者さんがおっしゃったそのひと言は、とても切なく、また申し訳なく、何ともやりきれない思いにさせました。振り返れば、研修医になってからの8年間は、こうした経験から痛感した自分の無力さや病に対する怒りで突っ走っていたように思います。

東京大学医科学研究所の浅野茂隆先生(現・名誉教授)の下、臍帯血(さいたいけつ)移植を中心とした血液診療を学ばせていただき、偉大な先生方に付いて修行できたことは、私の医師としての診療姿勢の大きな糧になりました。病気を憎んで闘う半面、つねに科学者でもあり続けようとすること、患者さん、ご家族への気配り、真摯(しんし)な対応、他のスタッフと一丸となったチーム医療――そのすべてが血液診療から離れた現在も私のなかで生きています。

そんな血液診療にどっぷり浸かっていた私ですが、「最後くらい畳の上で過ごしたいな」と天を仰ぎながらおっしゃる患者さんの言葉も転機となりました。

家族・親戚・ご先祖に見守られ亡くなる与論

実父の死も重なり、少し走り疲れたのか、今後の医師人生を迷っているなかで、その言葉は、在宅死率80%を超える与論島への興味、憧れとなり、2007年、医師9年目に当院に飛び込ませていただきました。当院で総合診療医として研鑽(けんさん)を積めたのは、久志安範院長(当時)をはじめ、与論に応援に来られる先生方のお陰と感謝しています。

入職後は研修医のごとく、整形外科、小児科、皮膚科など各専門外来に厚かましく付かせていただき、日々の診療のご教授をいただきました。また、小児の入院管理は千葉西総合病院に、脳卒中管理は国立循環器病研究センターに研修に行き、学ぶ機会をいただきました。南部徳洲会病院、中部徳洲会病院の先生方のみならず、徳洲会外の先生方ともご縁ができ、離島事情を考慮した温かな援助をいただき感謝しています。

当院に赴任当初、患者さんが診察前に「今日はありがとうございます」とおっしゃることに違和感がありました。感謝の言葉は与論では「とうとがなし」。診察前の感謝の言葉は、ここに信頼される病院があること、病院スタッフとともに全力で診療を行う姿勢があるからこそいただけるものだと気付き、さらに身が引き締まる思いでした。

与論のほとんどの家には神棚が祭ってあります。神棚にいらっしゃるのは、祖父母を含めたご先祖様です。ご先祖様はいつも自分たちを見守ってくださっており、日々語りかけ、日常の報告やお願い、感謝の声かけをしています。神棚のある自宅は、ご先祖様と結ばれている身近な場所であり、与論での在宅死とは、家族や親戚のみならず、ご先祖様にも見守られ息を引き取るということなのです。その様子は子どもたちも見つめています。ご先祖様との距離の近さ、感謝の気持ち、死生観によって与論の在宅死は引き継がれているものと感じています。

家族の高齢化や介護力低下 病院での看取り希望が増加

当院の電子カルテには患者さんの笑顔の写真があります。ほぼ久志先生が撮られたものです。日常の臨床業務でばたついていると、ついつい患者さんの疾患や検査結果に意識が集中してしまいがちですが、写真を見ることで、医療行為は患者さんの笑顔、健康を守るために行っているという原点を思い返せます。

そんな与論ですが、近年は家族の高齢化、介護力の低下もあり、最後に自宅で過ごす時間の短縮や病院でのお看取りを希望するご家族も増えています。

医療の高度化、分化が進み、社会背景も変化するなかで、感謝の文化、死生観をどう守り続けていくかが大きな課題です。人的・物的に十分とは言えませんが、地域医療研修で来る研修医や、応援スタッフも、与論で黒く日焼けしたり、ひと回り大きくなったりしつつ、地域医療の研鑽、応援を楽しんでいます。

南部・中部徳洲会病院のみでなく出雲徳洲会病院、宇和島徳洲会病院の先生方も応援に来てくださり、外科診療やシステム構築などを行ってくださいます。徳洲会の離島・へき地への応援の精神に、深く感謝しています。

当院は島の方々の健康と生活、そして笑顔を守り続けられるよう、今後も成長していくことが必要だと思っています。

皆で頑張りましょう。

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