徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

松浦 甲彰(まつうらこうしょう)名瀬徳洲会病院院長(鹿児島県)

直言 生命いのちだけは平等だ~

松浦 甲彰(まつうらこうしょう)

名瀬徳洲会病院院長(鹿児島県)

2019年(令和元年)11月25日 月曜日 徳洲新聞 NO.1212

貴重な財産である奄美の病院群を守る
最も大切なのは理念継ぐ後継者の育成
湘南鎌倉医療大学の開学が迫り新たな夢も

徳洲会グループが手がける湘南鎌倉医療大学の開学(2020年4月)が間近となりました。これは将来に新たな夢を抱かせる出来事です。徳洲会が主宰する教育の場で、有能な学生たちが優れた人材として育つことでしょう。

とくに徳洲会の理念を受け継ぐ人材育成の場であってほしいと願います。また、将来は研究の場として、あるいは医学・医療に関連したさまざまな課題に取り組む場として、学問の府の地位を築いていくことを期待します。

徳洲会の出発点は「徳之島に総合病院をつくる」ことにありました。1986年に徳之島徳洲会病院が開院し、その目標は達成され、13年後の瀬戸内徳洲会病院の開院により、奄美群島の6つの島に8病院が完成しました。

33年が経った今、加計呂麻徳洲会病院が診療所に変わった以外は、それらの病院は機能し続けています。私は、徳之島徳洲会病院の開設直後から離島医療に携わってきましたが、今も昔も人の確保や経営の困難さは変わらぬままです。

徳洲会グループの力を背景に多くの仲間が離島医療を支援

最近の国の地域医療構想では、離島・へき地で新たに病院が開設できない仕組みとなりました。

今や奄美の徳洲会病院群は島々の貴重な財産です。この財産は、グループの創設者である徳田虎雄・前理事長の思いと行動力、そして、その理念に賛同した多くの仲間たちによって築き上げられたものです。

この財産を守るために、最も大切なことは後継者の育成です。離島・へき地医療にとっても、湘南鎌倉医療大学は、その一助になることを期待しています。

先頃、私たちは中部徳洲会病院(沖縄県)放射線科部長の具志堅益一(ぐしけんますいち)先生に「感謝の気持ちを伝える会」を開催しました。具志堅先生が行ったカテーテル治療件数が、名瀬徳洲会病院だけで400回を超えたのを機に、放射線科スタッフが企画したものです。

沖縄から奄美大島まで往復約500㎞。400回以上の飛行距離は地球5周分に相当します。

具志堅先生の負担は患者さんの負担軽減となり、徳洲会が目指す離島医療を支えてくれました。この功績は具志堅先生の理念への賛同と、それに基づいた行動の結果、成し遂げられたものです。またバックアップしてくれた中部徳洲会病院や軽飛行機「徳洲号」を運用しているグループの力あっての功績でもあります。

これまで多くの仲間たちが奄美の医療を支えてくれました。湘南鎌倉医療大学からも、こうした理念に共感してくれる多くの仲間が育ってほしいです。

徳洲会奄美諸島病院群では、来年1月11日から3日間、兵庫医科大学臨床疫学教授の森本剛(たけし)先生を講師にお招きし、「臨床研究技能を身に付けるためのワークショップ」を奄美市内で開催します。これまでの活動や今後の活動を内外にアピールする手段として、離島でも臨床研究が行われることを期待しての企画です。

“忘却による死”を招かぬため徳洲会の歴史を記して魂継承

私たちは、これまで誰からの評価を求めることもなく、医療活動に専念してきました。これからは、私たちの活動も可能な限り内外から多くの評価をいただき、成果があれば、それを多くの仲間と共有することも大切なこととして取り組みたいと考えます。奄美での臨床研究も、将来的には湘南鎌倉医療大学とタイアップすることで、より広がりをもつことを望んでいます。

最後に、もうひとつ湘南鎌倉医療大学に期待することがあります。「人は二度の死を迎える」と、ある葬儀で義父が引用した言葉があります。一度目の死は肉体的な死であり、二度目の死は、その人のことを知る人がいなくなる“忘却による死”だというのです。忘却による死は言わば魂の死と言い換えられます。

魂の死を招かないようにするため、私たちは成すべきことがあります。それは「書き記し、歴史とする」ことです。徳洲会の成り立ちが余すところなく書き記されることで、それが真の徳洲会の歴史となり、その魂は生き続けます。永きにわたり受け継がれ、一夜の夢ではなくなるのです。湘南鎌倉医療大学には、その役割を期待します。

同大の開学は徳洲会の歴史に新たな一ページを刻むことでしょう。新・大学の発展と活躍に向け、皆で頑張りましょう。

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