徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

鈴木 隆夫(すずきたかお)(一般社団法人徳洲会理事長)

直言 生命いのちだけは平等だ~

鈴木 隆夫(すずきたかお)

一般社団法人徳洲会理事長

2017年(平成29年)10月2日 月曜日 徳洲新聞 NO.1102

医療は社会の公器と認識して実践を
原点を心に秘め地域社会に寄り添う
世界最古の金剛組に守り抜く大切さ学ぶ

「何でもっと早く言ってくれんのや。金剛組を潰したら、大阪の恥や!」――創業から1439年という歴史をもつ世界最古の会社である金剛組が倒産の危機に瀕した時に、同じ大阪を拠点とする髙松建設の会長が発した言葉です。会長は非常に厳しい状況にあった金剛組がこれからも必要とされる会社なのか、再建に向けた調査を行い、金剛組のもつ優秀な人材と高い技術力を評価し、支援を約束しました。メインバンクのりそな銀行も自主的な債権放棄を認め、再建への道を踏み出すことができました。大阪の義理・人情が金剛組を救ったと言えるでしょう。

金剛組の三十九世・金剛利隆は、企業が生き残るために大切なこととして「確かな技術をもつ人材を育てること」と「後継者は血縁以上に能力で選ぶこと」を“原点”として挙げています。昭和恐慌のあおりを受けて急激に経営困難に陥った1932年、三十七世が先祖の墓前で自殺。夫の死後、妻のよしゑが棟梁となり自ら外に出て営業、後に「なにわの女棟梁」と称されました。社寺建築の現場は信頼する熟練技術者に任せ、自らは指揮を執ることに集中し、部下たちが仕事をしやすい環境を整えたのです。

認知症に対する対応のあり方 病院経営のイノベーションへ

「仕事は大好きだし続けたいのですが、田舎に帰り母の介護をしなければならなくなりました」

徳洲会のために長年働いてきた前途有望な中堅看護師が、しょんぼりと呟(つぶや)いた姿が私の胸を打ちました。その昔、認知症に陥った私の母の介護をしていた妻が、「もう無理、これ以上できない。ごめんなさい」と泣きじゃくりながら、私に許しを請うた時の光景を思い出しました。多くの人が、責任感と愛情と、追い詰められた自分の限界の間で苦しみながら介護生活を送っています。恥ずかしながら私は、仕事を理由に妻がそんな切羽詰まった状況に至るまで真剣に向き合おうとしませんでした。

直近1年間で介護休暇を取得した徳洲会の職員は22人。恐らくその陰に、この休暇制度では対応しきれず、退職を余儀なくされた職員がどれだけいたことか。徘徊(はいかい)の患者さんを縛り付けたら人権侵害で罰せられ、ほんの一瞬目を離した隙に事故を起こしたら責任を問われるなど介護者は追い詰められています。認知症の症状により、暴力を振るうなど異常行動を起こしたり包丁を持って追いかけたりする例もあります。介護者は休まらない日々を送っているのです。

“救急を断らない”徳洲会でさえ、重症な認知症患者さんをせめて一晩でも二晩でも預かって、家族に休息していただくようにできる病院は数少ないのが現状です。病院は介護者にとっても駆け込み寺のような存在でなくてはいけません。

徳洲会が発足した44年前と比べ、病院を取り巻く環境は大きく変わりました。救急医療だけでなく、認知症に対する対応のあり方に病院経営のイノベーション(革新)の道があるように思えます。どの病院を見ても認知症をともなった患者さんがいます。徳洲会がこれから先も存続し、社会に貢献するには、精いっぱい地域のあらゆるニーズに応えていくことが生き残りを許される道かと思います。

若さとは学ぶ時間があること 徳洲会は試行錯誤を繰り返す

日本のみならず、アジアやアフリカなど世界に医療貢献を行い続けて、初めて「徳洲会をなくしたら日本の恥だ」と言われる日が来るかもしれません。

徳洲会の歴史は44年。歴史を揺るがすような出来事もありましたが、それを契機として私たちは力強く生まれ変わりました。医療は個人のものではなく社会の公器であることを認識し、実践する良い機会をもらいました。もし徳洲会が倒産すれば、困るのは患者さんだけでなく、職員は職を失い、それは家族にも影響し、また出入り業者も仕事をなくしてしまいます。医療は患者さんのためにあり、「いつでも、どこでも、誰でもが最善の医療を受けられる」という徳洲会の原点を、職員はつねに心のなかに熱く燃やしながら、地域社会に寄り添うことが重要です。

それが結果として利益につながり社会に存続を許される組織たり得ると信じています。徳洲会はこれからも試行錯誤を繰り返します。私たちは若い組織です。若さとは学ぶ時間があるということ、失敗を重ねてもやり直す時間があるということです。金剛組のように原点を忘れることなく、皆で頑張りましょう。

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