徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

森田 信敏(もりたのぶとし)(榛原総合病院院長)

直言 いのちだけは平等だ~

森田 信敏(もりたのぶとし)

榛原総合病院院長

2017年(平成29年)3月20日 月曜日 徳洲新聞 NO.1074

スタッフの努力で在宅看取り普及
牧之原市の県内市部トップに貢献
地元の医師会と連携を密にし信頼を得る

2010年3月に徳洲会が当院の指定管理者となり、再出発してから8年目になります。10年以前は救急搬送の受け入れが、ほぼ停止状態で、入院患者さんも最も少ない時で35人にまで減ったと記憶しています。徳洲会グループの応援をいただき、久しぶりに入院が100人を超えた時、その頃まだ一整形外科医に過ぎなかった私は、とても嬉しく、トンネルの先に光が見えたように感じ、スタッフとともに喜び合いました。

当院の開設は1954年で、地域に根を下ろした医療を行ってきましたが、09年夏、経営が悪化し倒産の危機に直面。静岡県牧之原市からは指定管理者制度で存続を図る説明があったものの、大混乱のなか休止する診療科が相次ぎ、スタッフも続々と辞めていきました。私がトップの整形外科でも、4人のうち3人が離職。私が残った理由は、茂庭将彦(もにわのぶひこ)院長(当時)に大変お世話になったことも一因ですが、自分ひとりになっても地域と病院のスタッフに、ご恩返しがしたかったからです。

地域の高齢化の進展によりリハビリ病棟の開設は急務

私が当院での残留を公表した1週間後、整形外科を開業していた父が病に倒れました。しかし、鈴木隆夫理事長(当時・専務理事)の励ましもあり、チャンスと捉え、自分ひとりで、どこまでやることができるか試してみることにしました。

当院が立地する牧之原市は、高齢化率が約29%と高く、「2025年問題」の対策が急務です。一方、近隣の榛原(はいばら)郡吉田町は県内でも高齢化率の低い地域で、当院の立ち位置は、高齢者の対応だけに重点を置くのではなく、若い患者さんにも対応できるように急性期、亜急性期、慢性期をバランス良く構築していく必要があります。

在宅医療の充実は、徳洲会が指定管理者になって以降、大井陽江(はるえ)・副看護部長を中心に注力してきました。地域の医師会の先生方とも連携して行っており、最近では連携先から信頼を寄せられる存在となっています。また、地域住民の方々の理解が必要な在宅看取りを、スタッフの地道な努力で少しずつ普及させた結果、牧之原市の在宅死の割合が県内市部のトップとなり、報道されるまでになりました。

訪問診療、訪問看護は毎日できる限り行っており、訪問診療では何とか時間をつくることができた医師が患家に伺っています。登録患者さんにはホットラインとして専用携帯電話の番号を渡し、24時間スタッフが対応しています。私が委員として所属する地域医療構想調整会議(志太(しだ)榛原地域)では、今後、回復期病棟が同地域で圧倒的に不足すると言われています。

私が専門とする整形外科では大腿骨頚部(だいたいこつけいぶ)骨折の患者さんが2日半に1回の高頻度で来院し、手術を受けます。以前は70歳代が多かったのですが、最近は80歳代後半から90歳代半ばまでとなり、なかには100歳の方もおられます。こうなると、短期入院での自宅復帰は難しく、ADL(日常生活動作)獲得には、回復期リハビリテーション病棟で継続したリハビリが必要となります。

現在は遠方の他施設に転院していただいていますが、患者さんのためを思えば、当院にリハビリ病棟の開設は急務です。急性期治療を終え、回復期に入った患者さんを迅速にリハビリ病棟に移すことで、急性期病棟での在院日数短縮にもつながり、急性期治療のさらなる充実も図れると思います。

年10月の眼科開設により、主要診療科がそろいました。長らく休止していた診療科もあったため、地域への広報活動が必要と考えています。

根治療法不可能で帰宅した患児への在宅医療で気付き

専門病院に入院中だった脳腫瘍の10歳の子どもさんは根治療法が不可能になり、自宅に戻りたいと希望されたのですが、在宅診療可能な医療機関が見つからず、当院に相談がありました。

在宅診療では高齢者の方々が多く、そのような症例の経験はありませんでしたが、若い外科医の意見をきっかけに引き受けることになりました。痛みを抑える鎮痛薬の使用は意識が鈍るということで、本人が拒否。患児、ご家族、当院スタッフが連携を密にし、自宅で最期を迎えられました。ご家族から、たってのお願いと言われ、お別れの写真をスタッフと一緒に撮られました。ここに私たちが考える医療があります。

皆で頑張りましょう。

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