徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

篠崎 伸明(しのざきのぶあき)(一般社団法人徳洲会専務理事 湘南藤沢徳洲会病院院長)

直言 いのちだけは平等だ~

篠崎 伸明(しのざきのぶあき)

一般社団法人徳洲会専務理事 湘南藤沢徳洲会病院院長

2017年(平成29年)3月13日 月曜日 徳洲新聞 NO.1073

イノベーションできない組織は
確立を誇っていてもやがて消失
“救急を断らない”原点に次々と創造

1973年、徳田病院(現・松原徳洲会病院)が掲げた“救急を断らない”方針は、当時の病院がもつ考え方を大きく変えました。病院は夜間、閉まるのが常識で、当然、徳田病院への救急搬送は、遠方からもひっきりなしでした。徳洲会はイノベーションで始まったのです。

イノベーションとは科学・技術用語ではなく、経済・社会用語と言われています。経済や社会に及ぼす変化であり、結果として人の行動が変わる――「技術革新」と訳されることも多いのですが、本当の意味は、「新たな価値が生まれること」です。

徳洲会が誕生するまでは医療機関が一方的に区分けを行い、「三次救急」を一部の救命センターが行っていましたが、患者さんが救急だと思えばいつでも診るという、救急診療に対する新しい価値観を一民間病院が創造したのです。新しい技術を導入したわけではありません。夜中でも受話器を取り、「どうぞ」と言い、病院の玄関は開けておき、昼間使える医療機器のスイッチを切らずに夜間も使用できるようにしただけです。

徳洲会が始めた訪問診療大きなイノベーションへ

当時の徳洲会のイノベーションが、今の徳洲会を支えています。多くの優秀な研修医が育ち、安心して日帰り手術や外来化学療法も実践できています。今は当たり前の病院の訪問診療も、30年ほど前に止むに止まれず徳洲会が始めたものです。かつてない看護師不足に見舞われた病棟の医師が、患者さんを家に連れて帰って、自分たちで回診に行こうと始めたものです。当然、看護師の負担は軽減され、何とかもち堪えましたが、何よりも驚いたのは、一番喜んだのが患者さんで、術後の回復が目覚ましく良くなったことです。

以来、なるべく家庭に病院機能をもたせるような在宅医療を進めました。家での看取りも積極的に開始。当時は診療報酬加算がなく、必要に迫られた末の大きなイノベーションでした。その結果、在宅診療という新しい価値が生まれました。出来高払い制度の当時としては奇跡的な出来事でした。「娘の相手を探す時は、誰が良い夫になるかを考えるな。誰の良い妻になるかを考えよ」との諺(ことわざ)どおりです。

治験、臨床研究も、徳洲会は日本のモデルとも言われるネットワークを構築。これは各病院の標準化とIT(情報技術)化によって実現したイノベーションです。それまで日本の治験は、費用がかかり、時間がかかり、質も今ひとつだったものを、徳洲会が変えたのです。

今や2人に1人ががんになり、3人に1人はがんで亡くなる時代ですが、がんになっても助かる時代になったとも言えます。手術治療、化学療法、放射線治療などがさまざまに組み合わされるようになり、治癒率を上げてきています。外科医は手術で、内科医は薬で、放射線科医は放射線で治すといった時代から、皆で一緒に治そうという時代に大きく変化しました。いわゆる集学的治療です。組み合わせることで――たとえば、大きい腫瘍を化学療法や放射線治療で小さくし、外科医がそれを手術で取って治すのです。将来は、さらに予後改善のため免疫治療が加わるかもしれません。これも、すでにある技術を組み合わせるイノベーションと考えられます。

認知症が増大する未来予測イノベーションのヒントに

一方で、寿命が伸びることによって、さまざまな内科的合併症や認知症をもつがん患者さんが増えているのも事実です。徳洲会は単なる集学的治療を行えるだけのがんセンターではなく、がん以外の合併症をもつ患者さんも安全に、がん治療が受けられ、また社会資源を有効に活用でき、多くの診療科を備えた面倒見の良い「包括的がんセンター」構想を掲げています。これも時代の変化のニーズに応えるイノベーションでしょう。

私たちに、どうしても変えられないのが人口構造の変化です。しかも、それは音を立てずに静かにやってきます。「2025年問題」は単なる通過点で、60年には人口が8000万人台、うち1000万人が認知症を患っていると予測されます。これこそが、これから私たちが行うべきイノベーションの大きなヒントになるでしょう。

約3万人の徳洲会職員の働き方改革も大きな挑戦になるはずです。たとえ、徳洲会が確立した組織を誇っていても、これから訪れる時代の変化を先取りした変革を継続し続けなければなりません。皆で頑張りましょう。

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