徳洲会グループ TOKUSHUKAI GROUP

直言

Chokugen

直言 いのちだけは平等だ~

塩崎 忠一(しおざきただかず)

宇治徳洲会病院事務部長

2017年(平成29年)2月20日 月曜日 徳洲新聞 NO.1070

自分の家族にも受けさせたい医療
提供できる病院づくりを積極推進
クオリティを求められる時代だからこそ

1980年に徳洲会大阪本部の職員募集がありました。説明会は中之島公会堂で開かれ、約3000人が参加。私は大阪本部での機器購入や土地対策に興味を抱き、出席しました。しかし、入職先は前年12月に開院した京都の宇治徳洲会病院。当時、徳田・前理事長が全国を飛び回っておられました。

前理事長は時間の無駄を嫌う人で、おかげで運転手はスピードの出しすぎで次々と交代。とうとう、そのお鉢が私に回ってきました。

そして、気が付けば最初の1年間は、休みもままならず過ぎていました。82年に退職し他院のお世話になりましたが、おかしなもので、土・日・祝日が休みの職場にいると、どうもしっくりきません。おかげでストレス性潰瘍になりました。そこで、83年に宇治病院に再入職し現在に至っています。

当院のエポックは、2015年の新築移転に尽きます。敷地面積は5万7523㎡の規模。医療・介護・福祉が連携できる施設を目指し、それまでなかった介護老人保健施設(老健)なども開設可能となりました。

病児保育施設の受け入れは昨年度1000人を超える

宇治市の支援で、この土地で生まれ育った人が、医療はもちろん介護・福祉も受けられる医療福祉ゾーンになりました。現在、老健(100床)の入所者さんは98人。介護老人福祉施設(同)は満床です。

現病院は旧病院から500m離れた地区にあり、地元の人たちの利便性を考え、無料送迎バスを近鉄小倉駅はじめ8方面に走らせています。

職員への福利厚生の面でも大きな変化がありました。旧病院では職員のお子さんのための保育園がありましたが、屋上のプレハブ住宅で遊び場は人工芝の上。「園庭がほしい」という切実な願いが通じ、今は敷地内に独立した建物として建ち、園児たちは庭で元気に遊んでいます。あくまでも職員のお子さん向け施設ですが、地域のお母さんたちも、お子さんが病気になった場合、どうしたらいいか問題を抱えておられました。そこで、保育園などに通うお子さんが病気の際、保護者が仕事などの都合により家庭での保育が困難な場合、当施設で一時的にお子さんをお預かりする事業を始めました。宇治市からの要請もあり、移転翌年に病児保育施設ひまわりルーム(定員9人)を開設。昨年は約1000人のお子さんをお預かりしました。

生き残るためには高度な医療に積極的に取り組む

外来透析は59床を有し登録が154人、夜間診療も行っています。喫緊の課題は2025年問題。15年の宇治市の調査では高齢化率は27.3%。今後はさらに増えると思われますので、対策が急がれます。回復期リハビリテーションも、セラピスト数を増やし、最大限のリハビリ効果を上げていかなければなりませんし、病棟に常駐し患者さんのADL(日常生活動作)の維持向上による在院日数の短縮も不可欠です。この地域で生き残るための手立ては、急性期病院であり続け、高度な医療に取り組むことだと思います。地域がん診療連携拠点病院を目指すのも、そのひとつです。

これには病院のトップである末吉(すえよし)敦院長の意思が反映されます。徳洲会は朝礼で理念を唱和します。当院の場合、院長が次の文言を最後に入れました。「自分の家族にも受けさせたい医療を提供します」

自分の病院を愛せるように変えていくことと、医療の質向上が院長の方針です。病院が新しく変わったのだから、職員も変わらなければならないし、質も変えていかなければならないということです。医療・介護・福祉に質を求められる時代だからこそです。

新入院は、この2カ月間で月平均1000人を超えました。移転前は780人でしたから、病院への信頼の賜物です。医療講演にも注力しています。院長が新任の医師にクリニックへの訪問を助言した結果、患者さんが増えたことに驚いていましたが、「営業は必要。しない診療科は衰退する」とまで言いきっています。

どの病院もさまざまな課題を抱えています。関西大阪ブロックでは、各病院長が病院の問題を解決するため、お互いに協力し合う風土があります。数多くの問題を抱えながらも徳洲会は発展してきました。2025年問題のクリアまでにあと7年。

皆で頑張りましょう。

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