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寿司と医療改革
情報化時代と医療ビッグバンvol.4
米国医療経済学者

       アキ・吉川

 ベンチマーク(第2話)、そしてダッシュボード(第3話)と複雑な話が続いた。今回は少し趣向を変える。

私的経験

私がサンフランシスコに住むようになってから既に20年以上になる。サンフランシスコにはホテルで有名なノッブヒル、イタリア街の雑然としたテレグラフヒル、そしてロシアンヒルと呼ばれている3つの丘がある。今住んでいるスタンフォード大学の近くの家へ移るまで、私はワイフと1匹の黒猫と一緒にロシアンヒルのほぼ頂上に住んでいた。丘の上の我が家のバルコニーからの眺めは素晴らしかった。北側の坂を下ればフィッシャーマンズワーフ、東側の坂を下ればイタリア街のノースビーチ、どちらも10分とかからずに歩いて行けた。サンフランシスコ湾を挟んだ対岸にある勤務先、カリフォルニア大学バークレー校まで、毎朝ベイブリッジを渡って通っていた。映画「卒業」ではダスティー・ホフマンが東部のアイビーリーグの学生、キャサリン・ロスがバークレーの学生の設定だったが、ベイブリッジを彼と彼女が一緒にオープンカーで渡ったシーンを覚えておられる方も多いと思う。ラディカルで開放的なバークレーでの研究生活は刺激が多く、充実した日々であった。

 母校バークレーで研究を続けていた時代、私はOTA(オフィス・オブ・テクノロジー・アセスメント)と呼ばれていた米国議会の調査局で数々のプロジェクトにも携わっていた。若くエネルギーに満ちあふれていたので、隔週サンフランシスコとワシントンDCの間を行き来し、月に1度日本へ出張というスケジュールにも全く問題は無かった。以来、このようなペースの生活を既に15年間ほど続けていることになる。

 OTAは米国議会の直属の調査機関で、議会の政策立案等の為に調査を行い、報告書を提出し、議員へのレクチャーを行うことが主な仕事であった。OTAの発表するレポートはかなり重要視されており、また議員へ直接レクチャーを行うことからも、かなりの影響力を持った組織であった。私自身幾つかの法律の立案過程に参画したこともある。ゲノム計画等の医療とバイオに関するものだけではなく、日本との半導体摩擦、金融の自由化問題等多くのプロジェクトに携わってきた。医療問題だけでなく半導体、コンピュータソフト、金融とさまざまな分野の調査・分析と政策過程を経験できたこと、当時のチャイルズ上院予算委員会委員長、アマ-コスト駐日大使、ゲーリー・ハート上院議員、ダイアン・ファインスタイン上院議員等、多くの政治家そして第一話でもご紹介したインテルのアンディー・グローブ氏のような優れた経営者と交流する機会を持てたことは貴重な経験であった。現在、民主党の大統領候補のアル・ゴア副大統領も、当時ハイテク産業の育成に熱心な上院議員の一人であった。

衆議院議員会館にて

 先月の日本出張の際、衆議院議員会館で「米国の医療経済学者からみた日本の医療改革」というテーマで話す機会があった。日本の国会議員を前にして、ふとOTA時代のことを思い出した。

 国政を担う衆議院議員のオフィスにしては、日本の議員会館は余りにも風格に欠ける。各議員の部屋もその面積全体で米国上院議員の部屋の受付(美人のレセプショニストが「May I Help You?」と微笑む場所)ぐらいのスペースしかない。首相官邸を初めて訪れた際にも感じたが余りにも貧弱である。「馬子にも衣装」というが、もう少し入れ物を立派にしてあげないと、いくら彼らに「激動の国際社会における日本の戦略的ビジョン」を考えることを求めても無理であろう。あの狭い部屋で思い浮かぶのは、せいぜい地元後援会のオヤッサンの顔ぐらいではないのか。昨今、議員数削減法案をめぐる議論が盛んであるが、単純に議員数を半分に減らして部屋の面積を倍にするのは、それだけでも意義があると思う。

 ものを考えるには空間も必要だが知恵と時間もいる。忙しい議員が多くの問題を把握し、決断するためにはどうしたら良いのか?米国議員の多くは国内ミクロ政策担当、マクロ政策担当、国際問題担当のように幾つかの分野に分けて専任のスタッフをかかえている。そして主席秘書官の多くが30代の俊英である。スタンフォードを卒業後、ハーバードで修士をとり、マッキンゼ-に数年務めてから有力上院議員の主席秘書官になるというような例も多い。私の元同僚のバークレーの助教授は、ある上院議員の主席秘書官としてワシントンへ移った。またこのような優秀な人材に対して、出世の道も開かれている。昔一緒に仕事をしたチャイルズ上院予算委員会委員長のスタッフの一人、キャロル・ブラウナーは、クリントン大統領によって米国環境庁(EPA)の長官に抜擢された。政権が変わるたびに、私の知人の中だけでもこれだけのキャリアチェンジが起こってきた。優秀なスタッフと参謀に加えて、OTAのような情報収集のプロと情報分析のプロを揃えた機関もフルに活用し、米国の議員は政策を立案する努力をしている。

 日米の議員の大きな違いは、部屋の大きさだけではなく、議員がかかえているスタッフと参謀の数と質にもある。日本の国会議員にはこのような独自の頭脳(インテリジェンス)集団のサポートがない。いくら好奇心旺盛で情報収集に熱心な議員でも、政治家が多忙な活動の中で数多くの問題を正確に把握することは実質的に不可能である。米国の議員のように頭脳集団のサポートを得なければ、国政を担う国会議員になっても市会議員と変わらない発想と提言しか出来ない。日本の国会議員に政策立案能力が無く、頭の良い官僚のいいなりになってしまう原因はここにあるのではなかろうか。

寿司と医療改革

 さて、議員会館での会合の席上、「日本の医療改革は実現できるであろうか?」とある衆議院議員から尋ねられた。真摯な目でじっと相手を見つめながら話す議員であった。私は「今日の日本の医療保険制度は帝国ホテルで寿司を食べるようなものです。」と答えた。おや、という顔を議員がした。私のコメントを下記する。

 帝国ホテルの地下にはとても美味しい寿司屋があります。「今日は何が旨いかな。適当に握ってくれ。」と言えるのが、今日の日本の皆保険制度です。寿司屋は新鮮で美味しいネタを、お客さんの好みとお腹の空き具合を見ながら握ります。寿司職人にとっては腕の見せ所であり、プロとして満足でしょう。美味しい寿司を自分のペースでゆっくりと味わって食べられる客も大満足です。今の日本の保険制度では自己負担金は2割から3割。しかも月額6万3千円を超えた場合は、それ以上の支払いは免除されます。入院して医療費が高くなればなるほど、実際の自己負担比率は限りなくゼロに近づきます。行く病院も、聖路加であろうと順天堂であろうと自分で決めることが出来ます。帝国ホテルの寿司屋に行って財布の中身を心配せずに、「お好み」で寿司を食べるようなものです。お客さん(患者)も寿司屋(医師)も満足しています。

 日本の医療改革は成功しません。一般の庶民にとっては、現在の日本の出来高払いに基づく、自由に医療機関を選べる国民皆保険制度が一番ありがたい制度だからです。患者と患者の家族にとってこれ以上満足できる医療保険システムはありえません。今日、日本の直面している問題点は現在の制度が良いか悪いかではなく、医療保険の財政が破綻を避けられないという事実です。お金が余っている世の中なら、今の「寿司屋で適当に握ってくれ」と言えるシステムほど良い制度はありません。無駄だとか贅沢だとかいう批判はあるでしょう。しかし消費者にとってこれ以上満足の行くシステムはありえないのです。

 しかし現在、このような自由放漫な「お好み寿司」を許してきた経済成長は終わり、少子高齢化の時代を迎え財政が底を突きました。今まで皆がハッピーだった「帝国ホテルでお好みの寿司」という選択が出来なくなったという現実を伝えねばなりません。これからは、帝国ホテルではなく回転寿司に行くように指示される、あるいはお寿司の前にまずおにぎりかお茶漬けを出される、クーポン券をもらってその額だけセットメニューを食べる、という時代なのです。効率性の追求ということで在院日数ならぬ在卓時間を短縮され30分しかカウンターに座れなくなったら、寿司ファンの暴動が起きるかもしれない。今までむっつりしていた板前さんが急に愛想を振舞っても誰も満足はしないでしょう。

 DRG云々といっているがDRGがなぜ必要なのか、そしてそれがどのような影響を及ぼすのかをきちんと一般庶民に理解できるように説明して合意を得ない限り、真の医療改革はありえません。巷では「医療ビッグバン」とか「病院革命」とかファジーで前向きな言葉が使われています。しかしこれは供給側、あるいはビジネスチャンスを期待する側からの発言にすぎず偽善であると思います。問題の本質は「お金が無くなっちまった」にあります。人間は誰でも悪いことは聞きたくもないし、言いたくもありません。特に政治家は悪いことばっかり言っていては票に結びつかない。これでは政治的なリーダシップが期待できないはずです。たとえポジティブな情報ばかりを流してDRGを実現したところで、すぐに破綻するでしょう。
(このネタは(c)アキ・よしかわです。)

納税者の知る権利

 では、どうすれば良いのか?情報を公開して、医療機関だけでなく患者にも自立を促して行くことがまず必要である。患者に情報を公開するということは、患者に対しても情報収集の努力と自覚を促すことでもある。この件に関しては第1部のアンディー・グローブ氏の前立腺ガンの闘いで詳しく書いた。

 戦略を考えてみよう。医師会が情報公開を了解するであろうか。するはずが無い。医師会にそのような情報公開を求めるのは時間の無駄である。

 まずは「納税者の知る権利」を主張すべきである。納税者の立場に立って、患者と患者の家族はもとより、健康な一般の市民が納税者としての権利を自覚し必要な情報の開示を求めるのである。そして少なくとも、税金を補助金として受けている国公立病院と大学病院等に対して基本データの公表を義務付けることを要求し、開示をしない病院に対しては納税者として補助金の支出をストップするように要求する。基本データの開示としては:(1)どのような疾患の患者が入院したのか (2)主要疾患に関する平均入院日数とレセプト請求(3)主な手術と件数 (4)新生児出産数、帝王切開分娩数、新生児死亡数 (5)特定の疾患(例えば急性心筋梗塞)における院内死亡率等が考えられる。

 国公立の病院がこのような情報を公表することによって、消費者は今までのように病院の見栄えや噂による病院選びから、幾つかの主要な疾患に関する平均入院日数、レセプト請求額、手術件数、院内死亡率などの実証的なデータを事実として把握することによる病院選択を行うであろう。このようなデータを一般庶民に与えることで、消費者の自立を促すこともできる。

 民間医療機関はどのように対応するであろうか?データを公表するもしないも彼らの自由にすれば良い。自分は国公立病院と競争している、あるいは医療の質で負けない、と考えている民間病院だけが国公立に倣って基本データを公表するだけで十分である。消費者はそのような対応からも判断を下していくであろう。

 補助金を受けている国公立病院への情報公開の要求は、それらの病院の宣伝の為ではなく、あくまでも納税者の「知る権利」として捉えることが大切だ。

 老人保険等、税金で補填されているのであるから、上の議論を拡大して解釈したら保険診療を行っている医療機関、医療法人を含む全ての医療機関に対しても同様な議論が出来るかもしれない。しかしそこまで基本データ開示義務の枠を広げてしまえば、日医との不毛な哲学論争が始まる。そのような無駄な論議は避けて、ただひたすらに「納税者の権利」というポイントだけに絞るべきであろう。

 寿司屋の話から始まった私の話は少し長くなってしまった。まだ余り私と年が違わない議員が、まっすぐに私の目を見つめながら聞いてくれたので、思わず話すほうも熱が入ってしまった。

始まりつつある情報公開

 第1話のアンディー・グローブ氏の前立腺ガンとの闘いで書いたように、このような情報を得るために昔は、大きな図書館へ行き専門書を探し出して読まなければならなかった。医師でない一般の庶民にはなかなかアクセスの出来ない情報であった。今はインターネットの時代である。まだまだ日本の一般大衆はインターネット音痴だ。しかし5年後にはインターネット音痴の数は減るはずである。急激に広がるIT革命に伴って情報を持つ者と持たない者の間の格差(デジタル・ディバイド)が広がる。このような基本情報の開示は、日本でもたいへんゆっくりとではあるが既に始まりつつある。

 有名な延吉先生の率いる小倉記念病院の循環器センタ-は、疾患ごとのPTCA,CABGの件数、再狭窄率、死亡率等を発表している。医師向けの専門誌や学会誌に発表されたものが多いが、好奇心さえあれば中学生でも理解できる内容だ。不安定狭心症だと診断された者なら非常に興味をもって読むであろう。小倉記念だけでなく、同様なデータを湘南鎌倉のドクターや大阪の循環器センターのドクターもいろいろな所で発表している。一般大衆も馬鹿ではない。このような情報を知ることができるからこそ、患者はこれらの病院に全国から集まるのである。

 福岡徳州会病院の循環器のホームページを開いてみよう。このエッセーを書くにあたりアクセスしてみた。「あなたは30,659人目のお客さまです。」とある。つまりこのページがアクセス数の記録を取り始めた1998年7月21日から今日(2000年3月17日)までの1年半の間に3万人以上の人間が福岡徳州会病院の循環器科のホームページにアクセスしているのである。これがインターネットの威力である。

 ホームページの冒頭には「情報の開示で医療をより良質に、より低コストに」とあり、次のように続く。

 このページを作るに当たって、私たちは敢えて、医師向け・一般の方向けといった区分をせずに情報を公開しようと考えました。
 医療者側から「あなたたちの知っておくべきことはここまでだ」といった枠を作るべきではないと考えているからです。知っておくべき情報は、御自身の判断で選択していただければと思っています。このため、医療従事者ではない方や心臓病の専門医ではない方には、難しい部分もあると思います。わからないことはご遠慮なく、メールでお問い合わせください。

 この福岡徳州会病院循環器科のホームページには1999年11月末までの「PTCA実施件数」、「ステント植込み件数」等も発表されている。さらに、副院長で循環器科部長の新井先生が書かれた「病院の成績の公開」(1998年7月29日掲載)には下記のような記述もある。

 今回、私たちのホームページのリンク集を作るためにPennsylvania Health Care Cost Containment Councilのページを見てみた。この機関(PHC4)は、ペンシルバニア州が州の医療費を削減するために作った機関である。このページには、病院ごとの急性心筋梗塞の死亡率、平均在院日数やバイパス手術の死亡率、医療費が掲載されている。私たちのページでもこうしたデータを公表する予定である。こうした治療成績を公表している日本の医療機関は少ない。死亡率を含め、成績を公表し、さらに良い成績をめざす病院と、自らの成績を振り返ろうともせず、それが故に成績を公表できない病院のどちらがより良い病院かは自明である。

素晴らしい志、ぜひ実行していただきたい。

末尾に

 上に引用させていただいた福岡徳州会循環器科のホームページは、この原稿執筆の1週間前、3月4日に更新されている。常にホームページの内容を更新している事実に、彼らの情報公開に向ける積極的な姿勢が見うけられる。徳州会病院本部のホームページを見てみよう。「謹賀新年 本年もよろしくお願い申し上げます。2000年1月1日」とある。思わず「おめでとう…」と呟いてしまった。ここにもデジタル・ディバイドがある。